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愛馬の蹄が街道に転がった小石を弾く。石畳はところどころが焼け焦げ、あるいは砕け、荒れ放題となっている。
一昼夜に千里を駆ける名馬であろうと、この道を走るのには難儀するに違いない。
ここは魔界西部、バルディア山岳地帯。バルディスタとゲルヘナを繋ぐ街道には、先の大戦の爪痕が深く刻み込まれていた。
私の名はミラージュ。ヴェリナードに使える魔法戦士だが、今は魔族の商人に扮し、魔界情勢を探っている。
目指すは要塞都市バルディスタ。とげとげしい風が山間の街道を通り抜けた。
バルディスタは魔界西部を支配する大国だが、先の大戦で魔王ヴァレリアを失った。
どんな国であれ王の戦死は深刻なダメージをもたらすものだが、バルディスタにおいてはより一層、致命的な問題だったに違いない。
ヴァレリアは、バルディスタそのものだったのだから。
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元よりバルディアは鉄と血の大地。土地は貧しく資源も乏しい。生きるためには他者から奪わねばならない。乱立した小勢力が絶えず争いを繰り広げる、戦乱の大地だった。
その戦乱を圧倒的な力をもって制圧し、バルディスタの名で統一したのが魔王ヴァレリアだった。
彼女の武器は知略でも財力でも、まして血筋でもない。武力。それも集団としての武力ではなく個人としての戦闘能力だ。
にわかには信じがたいことだが、彼女は手にした大鉾をもって並み居る戦士、荒くれ、野獣ども制し、この地を支配していたのである。
誰も彼女に抗うことはできない。それこそがバルディスタの秩序であり法である。ヴァレリア個人の戦闘能力とカリスマがバルディスタをバルディスタたらしめていたのだ。
だが、もはや彼女はいない。
それが何を意味するのか……この荒れ果てた街道を見ればわかるというものだ
「アイツらも、前に来た時とは大分違うニャー」
猫魔道のニャルベルトが、街道付近に設置された前線基地を指さして言った。
「確かにそうだな」
私は頷いた。
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以前ここを訪れた時、我々は無数の砲台と黒い鎧に囲まれながら、おっかなびっくりと街道を歩んだものだ。
バルディスタは軍事国家。訪れる旅人にまずは武力を見せつけ、怪しいそぶりを見せようものなら容赦なく砲口を向ける。剣呑にして精強。バルディスタ軍のブラックアーマーは恐怖と力の象徴だったのだ。
だが今、国境付近の防衛基地には人影もまばらで、半ば破壊された砲台は修理される様子もなく放置されていた。
修理費が足りないのか、人材が足りないのか……あるいは、命令系統自体が乱れて何の指示も届いていないのか。いずれにせよ、バルディスタの現状を物語る光景だ。
「かえって怖くなったかも」
妖精に扮したエルフのリルリラが帽子の上から囁く。
「確かにな」
私はまたも頷いた。
ヴァレリアの死と同時にバルディスタ軍は瓦解した。
だが旅人を威圧する火砲が消えたことは、我々の安全の保障にはならない。この地が無法の荒野であることの証明なのだ。
「ということは、君らを雇って正解だったらしいな」
私は荷駄の周囲を固める男たちに視線を送った。黒目がちな魔族の若者がサムズアップで答える。
彼等はゲルヘナで雇った現地の傭兵である。アストルティアで言う所の冒険者に近い。
合計三名、腕利きばかりを選んだつもりである。ゲルヘナで聞いた話によれば、バルディアの辺境は既に無法地帯と化しているのだという。警戒するに越したことはない。
周囲に気を払いつつ馬を走らせる。
そして国境の砦が山陰に隠れて見えなくなったころ、我々の前に立ちふさがるものがあった。
「ここは通行止めだ! よそに回れ!」
黒鎧の兵士が威圧的に道を阻む。
ここは一本道。
我々は互いに顔を見合わせた。
(続く)