「ここは通行止めだ! よそに回れ!」
バルディア山岳地帯、街道をゆく我々を遮ったのは、黒鎧の兵士たちだった。

我々は互いに顔を見合わせた。よそに回れと言われてもここは一本道である。どこに回れというのか。
そう反論すると、黒い兜の下で兵士が薄い笑みを浮かべたのがわかった。
「心配するな。向こうに古い道がある。それを使え」
兵士は一瞬漏れた笑いをしかめっ面で上書きしながら答えた。彼が指さしたのは崖沿いの細い道だった。確かに通れないことは無さそうだ、が……。
私の中で警報が鳴り響いていた。これは何かある。
私は念のため、と前置きして彼らに尋ねた。
「何故、通行止めなのです?」
「補修工事中だよ。何しろ戦争で荒れ放題だからな」
彼等はすらすらと答えた。私はしばし耳を澄ました。風の音だけだ。
私は背後の傭兵達に目配せする。彼らは無言でうなずいた。工事の音など聞こえない。それらしい人影すらない。
兵士は苛立ったように槍の石突きで地面を叩いた。
「何をしている! さっさと行かぬか!」
「まあ、少々お待ちを……」
と、私はいかにも商人らしい笑顔を彼らに向け、荷駄から菓子折りをつまんだ。
「兵士様もお疲れでしょう。どうです、これで少し休憩でもされては」
兵士たちが覗き込む。菓子折りの下に銀貨が光る。
鼻薬をかがせるわけだ。
本来、こういうやり方はバルディスタ流ではない。が、彼らの漂わせる胡散臭い雰囲気が私にこの手を選ばせたのだ。
彼らはしばし顔を見合わせていたが、下品な笑いと共にそれを受け取った。
「ン……ま、良い心がけだ。我々は少し休むゆえ、お前たちはさっさと消えるように」
「ええ、それはもう」
こうして我々は『彼らが休憩している隙に、こっそりと』道を走り抜けた。
兵士の笑い声は、あっという間に遠ざかっていった。

* * *
再び街道を行く。道は荒れ果てていたが、やはり整備中の作業員などどこにもいなかった。
ニャルベルトは憤慨した。
「アイツら、さてはワイロ目当てにでまかせ言ってたニャ!」
「それで済むなら可愛い方だが……」
私は護衛の傭兵達に警戒を怠らぬよう指示を出した。無論、彼らは私に言われるまでもなく常に臨戦態勢である。
旅商人にとって最も警戒すべきものは、野盗の襲来だ。特に崖沿いの細い道などは要注意地点である。身動きが取れず、逃げ場も無く、しかもこちらには土地勘が無い。
我々がもし兵士の言いなりに回り道をしていた場合、そこが襲撃地点となった可能性は非常に高かっただろう。
「そういう犠牲者は、多いんじゃないか」
私がそう言うと、ニャルベルトはあんぐりと口を開いた。
「まさかアイツら……追い剥ぎとグルになってるのニャ?」
「本物の兵士かどうかもわからん。少なくとも今は、な」
魔王ヴァレリアの圧倒的な武力をもって統率されていたバルディスタ軍は、彼女の死が知れ渡ると同時に瓦解した。兵士の大半は支給された武具を持ったまま軍を抜け、野盗、山賊の類になり果てたのだ。
兵隊崩れというのは、この手のゴロツキの中でも最もタチが悪い。
ここは私が想像していた以上に危険な場所なのかもしれない。三名の護衛ではまだ不足だったか?
「……街に着くまで、気が抜けないな」
私はそう言って気を引き締めた。
だがそれも甘かった。私はまだまだ、この国の危険度を見くびっていた。
山上に浮かぶ光の玉が、皮肉るようにギラリと光った。
街に着けば安全だと、誰が保証したというのだ……?

(続く)