また別の日のこと。
街を歩いていた我々は意外な人物と再会した。
いや、人物というべきかどうか。
それはしずく型で、水色で、手足は無く、口は達者だった。
「猫の旦那、よくぞご無事で!」
「お前、無事だったのニャ!」
猫魔道のニャルベルトに飛びついたのは、スライムのスライドだった。
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彼はこの周辺を根城にしているアウトローで、か弱いふりをしてお人好しの旅人を欺き、日々の糧を得ている。そんなスライムである。
以前バルディスタを訪れた時、我々も彼に騙され、ひと悶着あり、最終的にニャルベルトのメラガイアーが炸裂した。
以来、彼はニャルベルトの舎弟のようにふるまっているのである。
「だが、意外だな」
私は首をかしげた。
彼は長いものに巻かれるタイプである。今のバルディスタは、彼を巻き取るほど長いだろうか?
「むしろ反旗を翻した勢力に取り入るかと思ってたぞ。確か今、一番勢いがあるのは……ギャノン兄弟、だったか」
「冗談じゃねえぜ!」
彼は体積を2倍にして怒鳴った。スライムの身体は変幻自在である。
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「アイツらがどんな奴らか、知らねえのか!」
「残虐非道、とか聞いたが……」
彼は舌打ちしてそれどころじゃない、と言い放つ。なお、彼はあくまでニャルベルトの舎弟であって、私にはこういう態度である。
「奴ら、仲間だって平気で殺すんだぜ。それも裏切ったとかミスったとか、機嫌を損ねたとかじゃねえ。なんとなく、遊び感覚でやりやがる」
「反逆者の中では最大勢力と聞いたが……」
「力だけはな。だからついてく奴もいる。けど、ノーフューチャーだ」
スライドにつき従う他のスライムたちもいっせいに頷く。
「だが仲間まで殺しては勢力を保てんだろうに……」
「何も考えちゃいねえのさ。ノリだよ。ノリだけでやるんだ、あいつら」
スライムが唾を吐く。
「だいたいバルディスタ乗っ取りに成功しても、その後のことなんざ何も考えてねえんだからな。政治だ支配だなんて言葉、あいつらが知ってるハズがねえ」
ノーフューチャーだ。もう一度彼は言った。
どうも、噂以上の危険人物らしい。
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「でも」
と、リルリラがスライムの隣まで降りていく。
「ヴァレリアさんよりは弱いんでしょ?」
「そりゃあそうっスよ」
スライドは頷く。以前からそうなのだが、何故かリルリラには敬語である。
「けど弱い奴ほど加減を知らねえっつーか……ヤバさは上っつーか……」
「わかる気はするな」
私は頷いた。
ヴァレリア程の圧倒的強者ならば、いくら加減をしても遅れは取るまい。また相手も一目でそれを感じ取る。ゆえに、事を荒立てずに済む。
一方、中途半端に力を持った者は常に全力で敵を叩く。自分が倒されないために。
結果、絶対強者以上に危険な存在となるのだ。
誰が見ても別次元の力を持つ"氷の魔女"は実際、バルディアの救世主だったのかもしれない。
「しかし、それでも君らが街に残ってるのは意外だな。逃げだしたりはしないのか?」
「ここは俺たちの街だからな」
スライムの身体が流線型に胸を張る。リルリラが飛びついた。
「かっこいい!」
「いやあ、それほどでも……」
スライドの頬がスライムベスになった。スライムの身体は変幻自在である。
私は彼の頭頂部をつまむと、顔を近づけた。
「……で、本音は?」
「ヴァレリアが死んだってのが信じられねえ」
彼はキリと表情を固めた。
「フム……」
私はあの大戦で、魔王ヴァレリアがゼクレスの魔人に挑み、その額から放たれた魔光に貫かれるのを確かに見た。
だが遺体は発見されていない。市民の間でも生存説は根強い。ベルトロが裏でヴァレリア捜索を進めている、との噂もある。
「もし生きてりゃ、全てがひっくり返る。逃げた方がバカを見るぜ」
「根拠でもあるのか?」
私はさらに顔を近づける。魔界情勢を探る私にとって、ヴァレリアの生死は最重要事項だ。
スライドは私の顔に体当たりを喰らわせて着地すると、バルディスタ城を見上げた。
「最近、城に大物が出入りしてるのを見た奴がいるんだ」
「軍の高官か?」
「いや、国の者じゃねえ」
「他国の……?」
私は怪訝な顔をしていたに違いない。スライドは続けた。
「噂じゃ、前の戦争でファラザードに雇われてた凄腕の戦士らしいぜ。一説によれば魔王と同じくらい強えぇとか……ま、そこは眉唾だけどな」
「……!!」
私の脳裏に一人の冒険者の姿が浮かんだ。ファラザードの魔王ユシュカと共にゼクレスの魔人に立ち向かった、あの戦士……
彼等の描いた鮮烈なる戦模様は、いまだ私の眼に焼き付いたままだった。
(続く)