ギャノンの暴威がバルディスタを襲う。意味も意図もなくただ壊し、壊し、壊し、壊す。反逆? 下剋上? 否、狂える魔獣そのものだ。
そんな阿鼻叫喚の広場に、音もなくエントリーした者がいる。
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戦火に揺れるシルエット。剣士ダボウである。彼は兵たちを住民の避難に専念させ、一人、狂獣の前に立ちはだかる。
「おもしれェ、てめえが相手してくれンのかァ?」
ギャノンは獣の笑みを浮かべて振り向いた。
ダボウの戦いぶりは、まさに名人芸というべきものだった。
巨大質量のスイングを流水の動きでかわし、鮮やかに刃を走らせる。ダボウの剣はギャノンの肉体を確かに捉えた。一度や二度ではない。闘牛士のように紙一重で巨撃を逸らせて、突く、斬る、薙ぐ! 達人!
だがその斬撃も、ギャノンの皮一枚を切り裂いたに過ぎなかった。ダボウの名刀が刃こぼれさえ起こす。舌打ちが一つ。
ギャノンは裏返った叫びとともに横薙ぎのスイングを放つ。跳躍し、ダボウは死の一撃から逃れたが背後にあった雑貨店は倒壊した。焦りが一つ。ダボウが一撃をかわすごとに、街は次々に破壊されていくのだ。
このままでは避難している住民も巻き添えになるだろう。もはや我々も守りに専念しているわけにはいかなくなった。
ダボウはついに避けきれず、巨大鉄塊の一撃を剣の腹で受け止めた。刀身が悲鳴を上げ、腕がきしむ。ダボウの小柄な体はそのまま後ろに吹き飛ぶ。いや、自ら跳んで衝撃を逃がしたか。
私はそのそばに駆け寄った。
「ダボウ殿、助太刀する!」
「おお、そなたか」
ニャルベルトも杖を構えた。傭兵たちもそれぞれに剣を抜く。リルリラは私のポケットから飛び出してダボウの腕に手を当て、治癒の呪文を唱えた。
「かたじけない。だが奴は手ごわいぞ」
「なんとか、やってみましょう」
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私は剣先で印を組み、刃を天に向けた。理力が剣に満ち刀身に電撃が走る。魔法戦士のお家芸だ。
理力の雷はダボウの、そして傭兵たちの剣にも宿る。私は自分の剣とギャノンの肉体を見比べた。果たして理力の刃はあの肉体を貫きうるかどうか。
剣士たちは散開しつつギャノン弟へと向かった。ニャルベルトが火球呪文で牽制し、私はやや距離を離して隙を窺う。ギャノンの膂力は証明済みだ。一撃でもまともに食らえばただでは済むまい。
傭兵たちはうかつに攻撃を仕掛けずかく乱に徹した。ギャノンは苛立った表情を見せた。私は姿勢を低くする。
ダボウが大胆にも正面から飛び込んだ。狂喜してギャノンは得物を振り下ろす。私は地を駆けた。
ダボウは紙一重でかわす。否、懐へ詰め寄る。ニャルベルトの火球とギャノンの一撃が引き起こした砂煙が大地を覆っていた。私は走る。ダボウは挑発的な笑みを浮かべ、狂獣の鼻っ柱に刃を走らせる。逆上!
ギャノンの血走った瞳が歪み、意識がダボウだけに向けられたその時、
「イヤーーーッ!」
砂煙の中から私の姿が飛び出した。完全なる奇襲である!
刀身に秘めた理力の色を複雑に変化させ、剣と腕を交差させる。そして万色の光が剣先から放たれた。フォースブレイク!
「ヌゥーーッ!?」
理力の光は確かにギャノン弟の無防備な体へと吸い込まれていった。巨体が一瞬たじろぐ。
だが軽く踏みとどまる。ギャノンは牙をむいて笑った。
「脅かしやがってェ! なんともねェだろうがァ!!」
巨剣を私へと叩きつける。辛うじて盾を突き出すも、盾ごと吹き飛ばされた。一瞬意識が飛び、全身が痺れるほどの衝撃だった。
だがすさまじい衝撃の中で、私は確かに見ていた。ギャノンの肉体を取り巻く理力の色がフォースブレイクを受けて歪み、色あせ、次々に変化していくのを。
「今だ……!」
私の声は肺から外に出たかどうか。だが例え声が聞こえずとも、剣士たちには届いていた。
「「「「イヤーーッ!」」」」
彼らは雷をまとった剣を次々にギャノンへと突き立てていた。歪んだ理力が電撃を自ら吸い込み、過剰反応する!
「グワーーッ!?」
落雷を受けたがごとく激しく感電したギャノンはたまらず苦悶の叫びをあげた。リルリラが私に触れる。痺れが消える。
私もまた気力を振り絞って跳躍し、稲妻を振り下ろす。閃光が巨獣のたてがみを黒く焦がす。
「グワーーーッ!!」
ダメ押しとばかりにニャルベルトが杖を高く掲げた。メラガイアーの大火球が弧を描いてギャノンへと吸い込まれていく。
狂った理力の渦の中で炎と雷がとぐろを巻き、炎上した。轟音が、ギャノン自身の苦悶の呻きすらかき消す。
そして爆発! ギャノンは真っ黒な消し炭と化したか……?
剣士たちは油断なく剣を構えたまま爆炎の晴れるのを待った。