魔物や野盗による何度かの襲撃を凌ぎつつ、我々は前進する。砂漠を超え、ジャムリバハとデスディオを繋ぐザード遺跡地帯へと差し掛かる。
イルーシャが弓を教えてほしいと言い出したのは、その頃だった。
戦闘になるたび、隠れているだけの自分が申し訳ないというのだ。
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「ずっと思ってたの……これまで色んな人に、守られてばかりだったから……」
「……護衛する側からすると、素直に隠れていてくれた方がありがたいのですが」
「でも……これからきっと、戦いは激しくなる。身を守るぐらい、自分で出来なきゃいけないと思うの」
正直なところ、私はかなり渋った。大抵の場合において最大の護身術は逃げることなのだ。戦う力を持てば戦うという選択肢が生まれる。危険に飛び込もうとする。
「その結果、命を落とした例をいくつも知ってます」
「でも、逃げられない時だってあるでしょ?」
彼女は引こうとしなかった。こういう時、彼女の瞳は頑ななまでに強い光を宿す。
「私はきっと……逃げられない。戦わなきゃいけない時が、来るような気がするの」
その光に神秘的な色が加わり、日暮れ前の混沌の太陽を映して輝いたとき、私はついに降参した。
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「……ゼクレスの話は、詳しく聞かせて頂きますよ」
と、追加料金を要求するのが精いっぱいだった。
イルーシャは思ったよりも筋がよく、遺跡地帯を半ば抜けた頃には練習用の弓をなんとか扱えるようになっていた。
「でも、実戦用はもっと重いんでしょう?」
「ええ。特に長弓は、まともに扱おうと思ったら腱を鍛えるところから始めなければなりません」
さすがにその域に達するには数年がかりの訓練が必要になるだろう。彼女に意外な戦才が宿ってでもいない限りは……。戦闘用の弓を巧みに操り、勇ましく矢をつがえる彼女の姿を想像し、私は思わず噴き出した。そんな姿を拝むことは、まず無いだろう。
「重ね重ね言いますが……まず逃げること。どうしても逃げられない時だけ、武器を使うことを許可します」
「ええ……約束するわ」
頷く彼女の顔を見て、私は唐突に不安に襲われた。彼女の言葉に嘘の匂いは感じられない。が……。
彼女は必ず弓を使うだろう。そんな予感が私の脳裏をよぎったのだ。
遺跡地帯を進むイルーシャの横顔を見つめながら、私はそれが杞憂であることを願った。
(続く)