暗雲の下に褐色の台地が広がる。木々は枯れ、草花はささくれ立ち、そそり立つ岩山は稲光に照らされて、魔獣の牙を思わせる獰猛な景色を作り出していた。
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その名の通り薄暗い荒野であったが、よく見れば街道のかがり火が一つ残らず消されている。
不審に思って火をつけようとした私を誰かが呼び止めた。見れば、イルーシャを出迎えにやってきたファラザードの兵士である。何か理由があって、点灯は禁じられているらしい。
「ユシュカ様の命令でな……ま、あのお方らしいというか……」
兵士の言葉にイルーシャがくすっと笑った。どうやら理由を知っているらしい。
「来たか、イルーシャ!」
出迎えの兵の中から、ひときわ目立つ姿の少年が進み出てイルーシャに声をかけた。イルーシャは彼をペペロくん、と呼んだ。
彼を際立たせているのは魔族にも珍しい4本の腕でも、金と赤で彩られた派手な衣装でもない。形容しがたい奇妙な形に整えられた、その頭髪だった。
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「ん? キサマ、俺サマの芸術的な髪形に文句があるのか!?」
"ペペロくん"はオーバーアクションで私の呟きに反応すると4本腕を組んで肩をそびやかした。
「ま、下々のものには理解できんだろうな。だがいずれ、俺サマの芸術が魔界を席巻するのだ! その時を楽しみにしておくがいい!」
……芸術。奇妙な髪形。どうも、似たような人物をどこかで見たような気がする。そう、あれは確かグランゼドーラの城下町……
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……この少年が先の大魔王マデサゴーラの孫、ペペロゴーラだと知ったのは大分後になってのことだが、彼の父にあたる人物はいったい"どこ"にいったのか。
非常に興味深い話である。
さて、我々はここでお役御免。あとはファラザード兵らがイルーシャを案内するとのことである。
暗くてよくわからないが、奥地には巨大な建造物が見える。ファラザードの要塞だろうか? イルーシャや兵士たちに問いただしたが、国家機密とのことで拒否されてしまった。気にはなるが、ここは引き下がるしかないだろう。
ともあれ、私はゼクレスについてかなり詳細な情報を手に入れた。加えて、デスディオ荒原にファラザードが何らかの施設を建造していることも確認できたのだ。情報収集としては悪くない成果だろう。
一旦アストルティアに戻るとしよう。私はイルーシャに別れを告げ、来た道を引き返した。
* * *
私は後に、この決断を深く後悔することになる。
多少無理を言ってでも、奥の施設まで同伴すべきだった。そしてかの施設の主について、根掘り葉掘り聞きだすべきだったのである。
そうすればいくつかのすれ違い、無意味なトラブル、悲しい衝突を避けられたかもしれないというのに……
だがこの時の私は、手に入れた情報を持ち帰るだけで頭が一杯になっていた。
そして私が無事、ヴェリナードに帰国したとき、勇者と魔王の新たな物語は、既に始まっていたのである。
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(この項、了。ver5.3に続く)