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稲妻が頭上に煌めく。漆黒の空を切り裂くそれは宵闇に包まれた荒野を白く照らし出した。
断続的に映し出された景色の中に荒れ果てた街道が浮かび上がる。
愛馬の蹄が鈍い音を響かせてその一本道を駆けて行った。
途中、鎧姿の影が立ちふさがる。
「おい、この領土は……」
「特命だ!」
すれ違いざま、バルディスタ謹製の手形をかざす。返答を待たず私は駆け抜けた。
再び雷鳴。
魔空の彼方に巨大なシルエットが浮かび上がる。かつて見た光景。
デスディオの奥地にそびえたつ魔城を見上げつつ私は歯噛みした。
あの時、引き返すのではなかった。
あの城が、大魔王の城だと知っていれば!
* * *
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私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士団の一員である。
魔界探索の任を終え、母国に帰還した私を待っていたのは驚くべき報せだった。
グランゼドーラの勇者姫アンルシアが魔王討伐のため、魔界に潜入したというのだ。
「つまり、私とは……」
「入れ違いになった形だな」
ユナティ副団長は深くため息をついた。私のため息はその数倍は深かった、とだけ記しておこう。
言うまでもなく勇者姫はアストルティアの最大戦力であり、最重要人物である。彼女への情報提供は魔界探索の大きな目的の一つだった。
「つまり無駄足、ですか」
「でもないが……最新の情報に目を通す暇はなかったと思う。何しろ、何しろあまりに性急な出立でな……」
姫は修行の旅から戻るや否や、賢者ルシェンダ様と独自に選別した二人のお供だけを連れて即座に魔界へと旅立ったそうだ。
「何故、そこまで急に……?」
「私にもわからんことだが……姫の勇者としての嗅覚が、何か恐ろしい事態を直感したのだそうだ」
「恐ろしい事態……?」
「ああ、心当たりはないか?」
「さて……」
私は首をひねった。
魔王ヴァレリアのバルディスタ帰還は確かに脅威ではあるが、あの国は今、アストルティアに侵攻できる状態ではない。
ファラザードやゼクレスの動きと併せて考えても、むしろ状況は小康状態といっていいはずだ。
答えを出せない私にユナティ副団長は言った。
「帰ったばかりで悪いが、すぐさま魔界に飛んでほしい。今、魔法戦士団で最も魔界情勢に詳しいのは貴公だ。勇者姫を追い、その助けとなるのだ」
そういうわけで、私は再び魔族に変装し、魔界にとんぼ返りとなった。休暇申請はお預けだ。
……本当なら今頃はシラナミ・タノシミ社主催のエルトナ観光ツアーでゆっくりと桜を楽しんでいたはずだったのだが……。
「またまた魔界観光ツアーだね」
エルフのリルリラも妖精の姿に早変わりして私の肩に乗った。
「終わったら吾輩が猫島観光ツアーを企画してやるのニャ」
猫魔導のニャルベルトは変装の必要なし。
「里帰りに付き合わせたいだけだろ?」
「いいじゃない。みんなでお邪魔しようよ」
リルリラは気楽に言った。ま、そのうち考えておこう。
というわけで……我々は再び魔界へと旅立ったのである。