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薄暗い荒野を愛馬が駆ける。駆けるほどに風は凍てつき、稲光に浮き上がる魔城のシルエットは徐々に巨大化していった。
勇者姫に追い付いて、そのあとで何をするのか。正直なところ私にもわからない。
大魔王との戦いに加勢する? それもいいだろう。だがヴァレリアとバルディスタが疲弊し、戦力を失った今、魔界は必ずしもアストルティアに矛を向けてはいない。
ファラザードは親アストルティア派。ゼクレスも穏健派のアスバル王が実権を取り戻した。噂を聞く限り大魔王にも今のところ、アストルティア侵略の意図は無いようだ。
この状況で勇者姫が殴り込みをかけることは、いたずらに状況をかき乱す結果になるのではないか……?
その思いが私を焦らせ、鞭を持つ手を震えさせていた。そもそもこういうことにならないように、我々魔法戦士団は調査を重ねてきたのだ。
ただ、その速度は勇者のそれと比べてあまりに鈍重だった。勇者の一歩は我々の百歩にも千歩にもあたることを忘れていた。
ゆえに息を切らせ、馬を走らせる。もはや稲光の助けを借りずとも、そびえたつ魔城の威容がはっきりとこの目に映っていた。
噂に聞く守護の結界などは見当たらない。城門には見張りの兵士。どうやら怪我をしているようだが……?
彼らもこちらに気づき、誰何の声を上げた。
「何者だ!」
「バルディスタより特命を授かってきた!」
私は手形を取り出した。
兵たちは顔を見合わせたが、手形に偽りがないことを確認すると首を傾げつつ門を開いた。
この様子では大魔王が勇者姫に倒されたというわけではなさそうだ。だが城内には戦いの痕跡がある。と、いうことは……よもや、勇者姫は……?
私は取り乱しそうになるのを咳払いで誤魔化しつつ、兵たちに尋ねた。この城を襲った"不届きもの"について……
「ああ、そいつらなら大魔王様が手なずけて配下にしたらしいぜ」
「さすが大魔王様だよな」
私は危うく落馬しかけた。
そして。
「この声……もしやミラージュさんでは?」
門の奥から見知った顔が声をかけてきたとき、ついに私は手綱を手放した。
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(続く)