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気まずい沈黙が部屋を覆った。私はコホンと咳払いし、話を進めた。
「それで、姫はその提案を受けられたのですか?」
「まだ、迷っているようでした」
女神官は首を振った。
勇者姫は大魔王、そしてイルーシャと共にある場所へと向かっているそうだ。今はその帰りを待つしかない。
そこまで語って、女神官は今度は我々の方の話を聞きたい、と切り出した。
「私たちは駆け足で魔界を旅してきましたので……いろいろと見落としがあると思うのです」
我々はそれを承諾した。そして語る。これまで見聞きしてきた魔界の情勢、町の人々、そして魔王たちの物語を。
エステラは思慮深く透き通った瞳をゆっくりと瞬かせながらそれを聞いていた。
シンイは……苦い顔を俯かせながら、それでもじっと耳を傾けていた。
やがて一区切りつくと、女神官は静かに唇を開いた。
「ミラージュさんは、この魔界をどう思いますか?」
私はその瞳と竜の角とを交互に見つめながら答えた。
「……かつてあなた方に思ったのと、同じことを思いました」
彼女の指が頭の角に触れる。竜の角に。
「土地が違い、文化が違えど、ヒトの本質は変わらないと……」
飢え、渇望し、争い、涙し、慈しみ、猛る。醜さも美しさも、矮小さも偉大さも。
竜族の神官はゆっくりと頷いた。
だが……シンイは拳を震わせたまま、頷かなかった。そして……
「それは、傍観者の台詞ではありませんか?」
彼の純朴そうな瞳が、眼鏡を通して鋭く光った。いや……闇の色に燃えた。
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険しい表情は一瞬だった。彼は恥じ入るように俯いた。
「いえ、失礼……しかし故郷を魔族に滅ぼされた私には、簡単には納得できません……」
謝罪し、首を振る。私は初対面ながら彼に好感を抱いた。
生真面目な性格なのだろう。怒りを隠さない率直さと、怒りゆえの暴走を正当化しない奥ゆかしさとが彼の中で両立し、それゆえにせめぎあっているのだ。一切の怒りを見せぬ聖人でも、怒りのまま荒れ狂う蛮人でもない。私の目の前にあるのは、平凡な善人の姿だ。
「傍観者……ですか」
私は彼の言葉を復唱した。
確かにそうかもしれない。
私は帽子を目深にかぶりなおした。そしてなぜか唐突に、かつて似たような仕草をする男と出会ったことを思い出した。
それは薄茶色の旅人帽と紫の外套、そして"黒渦"のような謎めいた空気を身にまとう奇妙な男だった。全てを見透かしたような、まるであらゆる事態を外から眺めているかのような不思議な瞳……彼は今、どこで何をしているだろう。
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「めんどくさい話だニャー」
猫魔道のニャルベルトが天を仰いだ。
猫魔族である彼にとって、魔界もアストルティアも大差ないのかもしれない。猫の鳴き声が、部屋に染み渡った。
ともあれ、全ては勇者の帰還を待ってからのことだ。
その日は彼らと同じ、城の客分として一夜を過ごした。魔族たちの応対は丁重で、ここが大魔王の城とはにわかには信じれらなかった。