魔王ヴァレリア、動く!
その報は魔界中を震撼させた。
「アストルティアの者どもを我が前に跪かせてくれよう!」
氷の魔槍を天にかざす。凍てつく風が地を覆い、冷たい美貌が浮かび上がる。
だがその前に立ちはだかる雄姿あり!
「そうはさせないわ。今度こそ魔王を倒してみせる!」
真紅の衣に身を包んだ勇者姫アンルシアが、三度ヴァレリアの前に立ちふさがったのである!
手にした雷刃が凍気を砕き、凛々しさを増した眼差しが冷たい視線を迎え撃つ。
「ああ……こんなことになるなんて……」
巫女イルーシャは祈るように手を合わせ、二人の対峙を見守るのみだった。
勇者が一歩踏み出す! 魔王はそれを嘲笑うように拳を掲げ、気を発した。
「アストルティア・クイーンの座を我が掌中に!」
そういうわけで、今年もこの季節がやってきた。各種族の美女が覇を競うクイーン選挙。
前回覇者のヴァレリアは当然、連覇を狙う。それだけの人気・実力はあるだろう。
一方、シード権を逃しながらも予選から這い上がってきた勇者姫には、思わず応援したくなるドラマ性がある。
果たしてどちらの勢いが勝るのか……
「ちょっと、アナタ私の護衛でしょ!」
と、甲高い声が傍で鳴る。美麗なドレスに身を包んだ小さな令嬢が一人。
森と魔導の国、ゼクレスはベラストル家の当主、リンベリィ嬢である。
「よそ見してる間に万一のことがあったら、アスバルに言いつけてやるんだから!」
「ご安心を。視線はいつでも御身に」
「フン……! 色眼鏡って便利よね」
魔界の少女は不機嫌そうに鼻を鳴らした。閉じていれば美しい唇を殊更に尖らせて、なんでこんな奴に、と憎まれ口を叩く。
ファルパパ神の推薦によりこの祭りに招待された彼女は、魔王アスバルによるエスコートを望んでいたのだが……
「僕には前科があるからね」
アスバルは辞退した。人魔両界が微妙な関係にある今、招待状も無しに魔界を飛び出すのは避けたいらしい。
……で、代理としてアストルティアに詳しい私が護衛を依頼されたわけだ。
サングラスの奥で天を仰ぐ。不機嫌でヒステリー気味な少女のお守り役など……
『この世で最も損な役回りの一つだな』
とはいえ、彼女がどこまでやれるのか、興味はある。毎年似たような顔が並ぶ総選挙においては、新顔というだけでもかなりのアドバンテージがある。
新顔と言えばもう一人、同じく推薦枠で出場した女性がいる。
もっとも、あれを新顔と呼んでよいのかどうか……
「おっ、どこかで見た顔だな~、とか思っただろ」
その女性はグラス越しの視線に気づいたか、私に声をかけてきた。清潔感のあるブラウス姿に、気だるげな瞳。……見た顔だ。
「ま、実際よくあるんだ、この顔は。食傷気味だよな」
彼女は勇者姫をちらりと一瞥した。同じ顔を。
「それで、また同じ顔同士で競い合い……いい加減、ダルいんだけどな」
盛大なため息。彼女の名はクマリス……ということにしておこう。
もし彼女が勇者姫に勝つことでもあれば、それはそれで大きなドラマだが……
「ああ、いいんだそういうの。期待してないし。適当に甘いもの食べて帰るから」
どうも、やる気に欠けるところがあるらしい。
一方、リンベリィは自分に投票した者たちに手ずから贈答品を手渡していた。意外とマメである。
「だって私に投票したってことは私のシモベってことでしょ」
彼女は胸をそらせて笑みを浮かべる。
「シモベに報酬と満足感を与えるのは高貴な者の責務。当然よ」
……ゼクレス貴族の流儀も、捨てたものではないらしい。
かくして、祭りはつつがなく進行していったのだが……
もう一人、特筆すべき人物がいる。
それは間違いなく、このイベントの主役。今回、最大のインパクトを残した人物……
誰あろう、この男である。
「いやー、今回の司会進行は特に気合が入りましたよ」
祭神ファルパパの従者にして司会役。ミローレは、はにかむような笑みを浮かべた。
「入りすぎじゃあないのか?」
私は呆れ顔を返しながら彼の口上を思い出した。
まるで格闘大会でも始まるかのような大げさで時代がかったアナウンス。確かに度肝を抜かれたが……
「クイーン候補より君が目立ってどうする」
これではクイーン総選挙改め、ミローレ祭りである。
「いえ、ファルパパ神から、今回はこの方向でと依頼があり……」
……神々も何を考えているのやら。つくづく、驚かせてくれる。
さて、ヴァレリアは二連覇を達成できるか。勇者は復活劇を見せられるか。新顔の二人はどこまで健闘できるのか。
とりあえず私は八つ当たりの対象にされないために、リンベリィに何票か入れておくことにしよう。