祈りの言葉が響く。ゼクレスの魔城に差し込む光は、影さえも美しく彩り、少年の遺した人形を照らし出した。
復讐鬼と化した少年の心を。
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……だが、彼の復讐とは何だったのだろう。
確かに彼は魔界大戦で倒れたエルガドーラの魂を呪術で捕らえ、いいように弄んだ。そしてアスバルをたばかり、王位簒奪すら目論んだ。
だがそれを彼の復讐と呼ぶには、いささか時期が開きすぎているように思う。
第一、エルガドーラが倒れたのはバルディスタとファラザードの同時侵攻や魔剣アストロン、そしてのちに大魔王と呼ばれることとなる人物の活躍……そうした偶発的な事象の重なりによるものなのだ。オジャロスはせいぜいその状況を利用したに過ぎない。
復讐を誓った彼が、自らは動かず、偶然の好機が訪れるのを待ち続けたというのか?
あるいは……
私は絡み合う糸をたどり、いくつもの破片を縫い合わせ、もう一つの可能性を手繰り寄せた。
ひょっとすると、私が初めて魔界を訪れた頃、既に彼の復讐は果たされていたのではないだろうか。
魔王イーヴは崇高な理念のもと、腐敗した貴族制の打破を目論み、当然のごとく貴族階級の反発を招いて失脚したという。
聡明で知られるイーヴ王にしてはあまりにお粗末な末路である。
なぜ彼はこうも容易く失敗したのか。もちろん、彼が単なる理想家に過ぎず、政治に疎い人物だった可能性もあるが……
もし、身内に敵がいたとすれば。
宮中に王の悪評を流し、政敵を増やし、情報を漏らして四面楚歌に追い込む……私の知る策謀家、オジャロス大公ならばその程度の工作は造作もないはずだ。
そしてイーヴ王は失脚し、妻エルガドーラも彼を見限った。
二人の仲は永遠に引き裂かれたのだ。
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後に魂を捕らえられ、自我を半ば失ったエルガドーラが呟いていたのは、イーヴ王から贈られた愛の歌だったという。二人の間に確かに愛はあったと見るべきだろう。
だが王を追放したエルガドーラはその帰還を阻むため、死の結界すら張り巡らせた。愛は憎悪に変わり、ゼクレスは悪意の都と化した。
そしてイーヴなき後、エルガドーラの傍らにあったのは外ならぬ彼、オジャロスだったのだ。
今度はオマケのベーチとしてではない。その政治手腕でゼクレスを、そしてエルガドーラの人生を思うがままに操る影の黒幕、オジャロス大公として。
……美しい人形と、それを操る少年。
「ずっと、こうしてやりたかったんだ!」
ベーチ少年は恨みを込めた縫い針で、手にしたエルガドーラ人形を滅多刺しにした。宝物と呼んだそれを。
寒い風が吹き抜けた。
オジャロスもエルガドーラも、もういない。
ちょうどリルリラが祈りを終えたところだった。
私はこの件についての様々な憶測を一旦は書き留めたが、全て破り捨て、明確な事実だけをアスバルのもとに届けた。
彼は短い報告書を、じっくりと時間をかけて読み続けた。父ゆずりの明晰な頭脳で、空白の底にいくつもの意味をかみしめながら。
そして、
「ありがとう」
と、言葉少なに礼を述べた。
穴だらけになったエルガドーラ人形は、今でもあの部屋に飾られているのだという。
降り積もった全てを背負って、彼はゼクレスを治めていかねばならない。
ベルヴァインの森は、今日も霧に包まれていた。
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(この項、了)