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沈む、沈む、沈む。
ドワチャッカの伝統、ライトブラウンと蛍光グリーンのパターン模様が波の向こうに歪んで消えた。
発光信号により黄金色に輝く船体が、夜の海に滲むような色合いを浮かべる。それがどんどん小さく、遠くなっていくのを私は波止場から眺めていた。
「……沈んだな」
私はポツリと呟いた。
「潜水艇だからな!」
私の呟きに答えたのは体格と態度が反比例した男。ドルワーム研究院の白い制服に身を包む青年学者のコルチョである。
「天才考古学者のコルチョと呼びたまえ!」
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と、胸を張る。ドワーフの弾むような矮躯が、そのまま後ろに倒れるのではないかと思うほどの角度だ。
「それはいいが沈む速度、早くないか?」
私は海を覗き込んだ。もはやメラほどの輝きも見えない。
「急速潜航! ガテリア号の得意技だ!」
コルチョは自信あふれる笑顔を返す。
……急速すぎる気がするが……
「準備、しといた方がいいですよ」
コルチョと同じ制服に身を包んだ女ドワーフが、諦念を込めた表情で言った。私はまたも海面を覗き込んだ。
風はなく、波は穏やか。夜の街の光が白波に跳ね返る。静かなものだ。そう、静かな。
潜水艇ガテリア号の息吹は、カケラも感じられなかった。
* * *
私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士団の一員である。
今回は潜水艇ガテリア号による海底探索を主催するコルチョの護衛兼、万一のための救助隊員としてこの港町レンドアへと派遣されてきた。
「もっとも……」
と、コルチョはしたり顔で言った。
「ガテリア号は超古代文明の技術の粋を集めて建造された謎の潜水艇! 海難トラブルなど、滅多に起きるものではないがね!」
「今、謎のって言ったか?」
「……言葉のアヤというものだよ、キミ」
コルチョは白々しく目をそらした。不安が募る。
既に20名からなる現地調達の調査団がガテリア号に乗り込み、海の底へと向かった。彼らの殆どは報酬目当ての、流れの冒険者である。
……この時点で何かがおかしい。何故専門家が同行しない?
「そういう勇気のある専門家がいませんから。彼ら、ちょうどいい人材なんですよ」
女ドワーフは無表情に、手元の金属板……通信機の反応を眺めながらそう言った。彼女の名はククコリ。コルチョの助手を務める、妙に乾いた雰囲気の漂うドワーフである。
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無機質な機械音が夜の港町を貫く。冒険者たちの健在を示すのは、通信機がキャッチする定期的なシグナルのみだ。
海面は沈黙。
トビウオの跳ねる音が、妙に長く、遠く響いた。
「一体、どういう……」
私が疑問を口にしようとしたその瞬間! 地の底からせり上がってくるようなアラーム音が夜のしじまを断ち切った。
反射的に腰の剣に手を伸ばした私とは裏腹に、ククコリは落ち着き払った様子で首を振り、こう言った。
「信号、途絶えました。また故障ですね」
「また?」
私はククコリとコルチョの顔を覗き込んだ。
コルチョは、やや汗を浮かべながらも強気な笑みを消さなかった。
「心配ない! こうなることは想定済みだ!」
「想定してどうする!」
私は思わず学者青年の頭を掴んだ。コルチョの足が宙に浮く。ジタバタしながらもコルチョは身振り手振りで反論した。
「き、緊急用のダイバースーツがある! 元々故障は現地で修理する予定なのだ!」
「だから! 故障することを前提に予定を組むんじゃあない!」
「ムダですよ」
ククコリがため息と共に言った。
「ガテリア号は古代ガテリア皇国で建造された、地底湖探索用の潜水艇……っていうのがコルチョ先生の説ですけどね」
くるりと金属板を弄ぶ。
「学会では否定されてるんです。だから本当に潜水艇かどうかすら……」
「馬鹿な! どう見ても潜水艇だろう!」
コルチョはまだ足を浮かせたまま喚いた。
「この海底調査で実績を作り、あらゆる反論を黙らせ! 私の説が正しかったことを証明するのだ!」
「どうでもいいが」
私は苛立った声を辛うじて抑えた。
「彼らは無事なのか」
「今頃スケジュール通り、改修作業にかかっているハズだ」
だからそういうスケジュールを……いや、もはや言うまい。やがてククコリが冷静に受信機を確認。
「シグナル復活しました。船体の修理完了。次はエンジンの修復です」
「……エンジンも故障したのか?」
ため息だけで、肺の中の空気が全て搾り取られる気分だった。
「毎回故障します」
「毎回……?」
コルチョが喚く。
「だが毎回修復に成功しているのだ! たまに失敗もするが!」
「失敗?」
「たまにだ!」
「…………」
呆然とした私の腕から力が抜け、コルチョはようやく着地した。