それからしばらくして、ククコリの通信機がエンジンの修復完了を伝えた。
冒険者たちはようやく本来の目的であった海底探索を開始する。いくつかの発見報告。
やがてガテリア号の限界稼働時間が迫る……
「時間だ! 浮上!」
自動操縦でガテリア号が急速浮上。夜の海が泡立ち、巨大な噴水がしぶきを噴き上げるようにしてガテリア号が帰還した。
ハッチが開き、冒険者達が降り立つ。
「生還者17名! よくやったぞ!」
コルチョが歓喜の声を上げる。……17名!?
背筋を走る悪寒。私は再びコルチョの頭を掴み上げた。
「おい、残りの3名はどうなった!」
「あ、安心したまえ! スーツの機能が働いている! 動けはしないが死ぬこともない!」
「生殺しじゃあないか!」
押し問答する我々を尻目に、ククコリ嬢はサッと白衣を脱ぎ捨てた。
思わず振り返る。白衣の奥から現れたのは、颯爽としたダイバー姿のククコリだった。

「ここからが私たちの出番ですよ」
スーツの起動スイッチを入れると、ゴーグルにライトグリーンの走査線が交差する。
「未帰還者3名。これより救助に向かいます。ミラージュさん、援護頼みます」
言うが早いが彼女は海に飛び込んだ。私は慌ててダイバースーツに着替え、その後を追った。
夜の海に飛沫が跳ねる。水の中を掘り進むように、私はダイブした。

吹き上がる泡の一つ一つまでが鮮明に視界に映る。水圧、抵抗、感じられず。
レスキュー用のスーツは一般隊員のそれよりも遥かに高品質で、高性能だった。
具体的に言えば、身一つで深海に到達できるほど高性能なのだ。
「……これがあれば潜水艇なんて要らないんじゃないのか?」
「財宝を引き上げるにはパワー不足ですよ」
ククコリは冷静にコメントした。
「今回は潜水艇だけでも無事でラッキーでした。潜水艇が戻らなかった場合、現地で修理するところまで私がやってるんですよ」
狂気の沙汰だわ、と彼女はこぼした。コルチョがいないだけあって本音が出ている。
どうも、色々問題を抱えた調査隊らしい。
さて、そこからはちょっとした大冒険だった。
まずは海流に巻き込まれて流されそうになっている冒険者を追いかけ、どうにか確保。
次に見つけた冒険者は、獰猛なアビサルシャークにスーツの外殻を味見されていた。
なんとか追い払ったかと思えば、騒ぎをかぎつけて集まってきたシャークの群れが我々を取り囲む。
冒険者を背負いながら迎撃と逃走を繰り返す。深海の撤退戦だ。
最後の一人は、財宝の箱を20個も抱えたまま、その重さに押しつぶされていた。
我々は奇妙に訓話めいたその姿を見下ろし、嘆息した。海中に泡が溢れる。
「業が深いな」
「よくあるんですよね、これ」
深海に月光は届かず、ダイバースーツが放つ人工の光だけがその光景を冷酷に映し出す。

我々は宝という名のデッドウェイトを海の底に葬り、最後の要救助者を確保した。
救助された冒険者はぐったりと背中を丸めながらも、沈みゆく財宝に名残惜しげな視線を送るのだった。
……実に、タフである。
こうして救助活動は完了した。
「よくやってくれた!」
コルチョは上機嫌で我々を出迎えた。
「これでまだまだ海底探索が続けられるな!」
「まだ続ける気なのか……」
「当然だ!」
青年学者はグッと拳を握り締める。ククコリ嬢の冷たい視線が突き刺さる。ダメージはゼロ。
「私は諦めない! 研究院に認められず独学で考古学を学び、独学でガテリア号を復元した私は、多少のことでは挫けないのだ!」
「独学で……?」
私はコルチョの顔を覗き込んだ。
「ウム。誰に教わることなく考古学を極めた天才、それが私だ!」
「誰にも教わらず……」
……何か、違和感の全てに芯が通ったような気がした。
「どうかしたかね?」
「……いや、別に」
私はコルチョの言葉を受け流しつつ、密かに魔法戦士団に連絡をとった。
海鳥の鳴き声が聞こえる。
夜が明けようとしていた。
* * *
後日。
アストルティア通信は次の記事を掲載した。

ドルワーム研究院代表のドゥラ氏、コルチョ氏の海底探索について、非公式な研究活動であるとの見解を発表。院の一切の関与を否定。
これに伴い、レンドアのシガール市長は活動の休止を要請。本日をもってコルチョ氏の活動は打ち切られることとなる。
「何故だ! 何故この天才が!」
「自分の胸に手を当てて考えるべきだと思うぞ」
ザザン、ザザン、潮は無感情に寄せては返す。
「クッ……だが私は帰ってくる! 必ず帰ってくるぞーー!!」
カモメが気の抜けた鳴き声を上げる。ククコリはため息。
コルチョの叫びだけが、虚しく海にこだまするのだった。