なりきり冒険日誌~遥かなる故郷
舟の穂先が指すのは、なだらかにうねった鍾乳洞の柱。
ゆらりとたゆたうジュレーの水を渡し守の操る櫂が巧みに手繰り寄せていく。もちろん女王陛下のご統治のおかげで、船代は無料。言うまでもないことである。

時の王者にまつわる探索も一息ついたところで王国から休暇を許可され、私は久しぶりの里帰りの最中だった。
船べりに腰掛け、流れる景色を眺めると、この鍾乳洞を通ってジュレットへと駆け抜けた頃が思い出される。今となっては小さな洞窟だが、あの頃の私には大迷宮だった。
共に戦う仲間もなく、一人で魔物に立ち向かえるだけの力もなく、軍隊ガニの群れから必死で逃げ回ったものだ。
愛するものを守る時にだけ本気を出す、とは有名な吟遊詩人がウェディを評した言葉だが、それは間違いである。カニに追われた時にだって本気を出す。多くのウェディにとって、このジュレー島下層は思い出深い土地だろう。
今では軍隊ガニの方が私を見かけて一目散に逃げていく。思えば遠くに来たものだ。私は一人、感慨にふけるのだった。
ところで、当時は無我夢中で気づかなかったが、この鍾乳洞の地形はアストルティア全体を見ても珍しい。雫が穿ち、あるいは固まり、形作っていった天然の陶芸品は写真におさめておくだけの価値がある。灯台下暗し。まだまだ世界に珍しい風景は残っていそうだ。

さて、好天にも恵まれ、青く晴れ渡ったレーナム緑野に上陸する。
途中、サロン・フェリシアからの依頼を軽くこなしつつ祈りの宿に寝床を求める。任務外ということもあり、今回は平服での行動である。文字通り肩が軽い。

季節の果物の盛り合わせを頼むと、テーブルに山盛りの果物が降ってきた。見れば、かつてここを訪れた時と同じ女将がサービス精神たっぷりでウインクを送ってくれている。私の出世を祝って、とのことだ。有難いことだが一人でこの量は無理だろう……と、戸惑っていると、意外な言葉がかけられた。
「世界を救ったなら、これくらい大丈夫だろ?」
なんだその理屈は。……いや、その前に話に尾びれが付きすぎだろう。ウェディだけに。どうも、妙な噂が広まっているようだ。故郷のレーンではどうなっていることやら……。
結局果物は同席した別の旅人と分け合った。
翌日も快晴。一路、レーンの村へ。
旅の途中で聞いた、伝説の詩人ノビヨ・ウェーマツの歌の一節を記しておこう
So far away from my home, sweet home.
Day by day, from land to land I roam.
Though told by the wind which way to go.
Oh how I long for my home, sweet home.

遥かなる故郷へ……