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その日、私はレンダーシア大陸の中央に位置するエテーネの村を訪れていた。
中央と言っても四方を海に囲まれたエテーネ島は僻地である。村人たちは素朴な衣服をまとい、質素な暮らしをしているようだった。
珍しい来客に顔を上げ、にこやかに手を振る。家屋もまばらで、中央広場に建てられた木造のやぐらが最大の建築物だ。
どこまでものどかな、懐かしささえ感じる古い村景色……と言いたいところだが、この際、それは間違いである。
「ようこそ、ミラージュさん。新しいエテーネの村へ」
羽兜をつけた小柄な神官が私の姿をみとめ、声をかけてきた。
私は一礼し、再会を喜んだ。
彼の名はシンイ。この村の村長代理を務めている男である。
そしてまた、かつて勇者姫アンルシアの仲間として魔界へと乗り込んだ男でもある。
ヴェリナードの魔法戦士として魔界探索を進めていた私は、そこで彼と遭遇していた。
謙虚で柔和。理知的で誠実。しかし胸の奥底には熱く煮えたぎるものを秘めた青年。そういう印象だった。
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彼は一通りの挨拶を終えると、特徴的な丸眼鏡をかけなおしながら魔界とアストルティアの情勢、そして女神復活を巡る探索行について語り始めた。
魔王ユシュカと勇者の盟友が世界樹の花を手にツスクルを旅立ってから、既にひと月ほどの時が流れていた。
「……で、どうやら女神ルティアナは、完全復活とはいかなかったようです。そこで勇者姫は……」
私はシンイの言葉に頷きつつ、どこか遠い世界の物語を聞いているような気分になったことを覚えている。
女神。邪神。異界神。もはや私のような一介の魔法戦士には立ち入ることのできない領域だ。
アーベルク団長もそう判断したのだろう。我々は魔界から一時撤退し、神々の戦いについては、勇者姫らに一任される形となった。
情けないという気持ちが無かったと言えば嘘になる。
だが我々とて、このアストルティアで安穏としていたわけではない。
この時期、おそらく大魔瘴期到来の影響だろう、アストルティアでも魔瘴の活発化が多数報告されていた。
瘴気にあてられ狂暴化する魔物も増加し、我々はその対応に追われていた。
アーベルク団長はことあるごとに口癖のようにこう言った。
「勇者姫や魔王たちが神々の戦いを演じる間、我々は人の世界を守るのだ! 彼らの帰るべき場所を守るのが諸君らの使命である!」
その矜持が我々を支えていたといっていい。ささやかなる矜持である。
……ま、それはいい。
本題はここからだ。
私がこの時期にあえてエテーネの村を訪ねた理由、その一つはシンイ神官の口から状況を確認するため。
そしてもう一つは……ある事実を、個人的に確かめたかったからである。
だがこれは少々繊細な話だ。どう切り出したものかと迷っていると……
「何かお話があるようですね?」
彼の方から水を向けてきた。
「……少し気になることがありましてね」
咳払いし、私は語り始めた。
「ひと月ほど前、ツスクルでユシュカ王と会いました」
意外な名前だったのだろう。シンイは目を丸くした。
私は続ける。
「彼はこの村のことを話してましたよ」
世界樹の花を求めてツスクルを訪れる前日、魔王ユシュカはこのエテーネの村で一泊し、村人たちから歓待を受けた。
彼はその時のことを楽しげに語っていたのだ。
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「感じのいい村だったな。さすが、アイツが村長を務めてるだけのことはある」
ユシュカは思い出し笑いを交えながら、楽しげに語ったものだ。心底、居心地の良い村だった、と。
……私は違和感を抱かずにはいられなかった。
私は相槌を打ちながら、何度か彼の表情を盗み見した。屈託のない笑顔。曇りなき瞳。
「……どうした? 何をジロジロ見てるんだ」
「いえ……」
誤魔化しつつ、私は確信した。そして言葉を失った。
ユシュカは何も知らない。……いや、知らされていないのだ。
そうでなければこんなにも無邪気に、エテーネの村のことを語れるはずがない。
日差しが強い。
丘の上から降り注ぐ陽光に、牧羊を追う子供たちの姿が輝いた。
私はシンイ神官の兜飾りが風に揺れるのを見ながら、呟くように問いかけた。
「何故、ユシュカ王に言わなかったのです」
のどかな村。新しい村。
「……この村がかつて、魔族に滅ぼされたことを」
木の影が長く伸び、いつの間にかシンイの顔を覆っていた。