激戦である。
振るう剣が虚空を切り裂き、猛る炎が暗雲を焼く。神の心気、魔の呪力、一つ一つが天を貫き地を焦がす。繰り出された全てが天変地異とさえ思える致命の技だった。
だが、禍ツ神はそれをあざ笑うように退け、さらに喰らう。
大きく弾かれたユシュカの頭上に虚無の鉄槌が降り注いだ。全てを欲する魔瘴の腕。
誰かが怒りと共にそれを断ち切らんとした。……誰が?
ファラザードの民が真っ先に脳裏に浮かんだ。ややあって、エテーネの民もそれに加わった。
ユシュカと縁を結んだ者たちの意思が光の網となって彼の頭上に展開し、闇の鉤爪を捕らえたのである。
異神はやや困惑したように見える。そして光に唾をはき、網を引きちぎった。
民草の放つ光は儚い。光の網が闇を遮ったのは、一瞬にも満たない刹那の間だったかもしれない。
だがその刹那の隙にユシュカは体勢を立て直し、剣を構えていた。無防備に振り下ろされた腕を魔剣アストロンが迎え撃つ。
赤い閃光が闇を切り裂いた。
異神は忌々し気に歯ぎしりする。
ユシュカは背後をチラリと振り返り、彼を支える者たちに感謝の笑みを返した。その視線のほんの片隅に、私の姿もある。
同じことが勇者の盟友にも起きていた。そしてその周りに立つ闘士たちにも。
異神は激怒した。
刹那を生きる脆弱な命の分際で、と。
誰かが言った。
人は刹那を積み重ね、永遠とも思える歴史を築いてきたのだ、と。
それは勇者の声か? 大魔王か? そうでもあるし、違うようにも聞こえた。
彼らを中心に広がった光の網、絆されしネットが共鳴し、意思を放ったのか。
『ならばその"協調"の力すらも喰らい、我がものとせん!』
かつえたる神は、欲望のままにアギトを開き、腕を伸ばした。ユシュカは耐える。その身体を背後から支える光の中に、シンイの姿もあった。
神官は無言のまま腕を突き出す。大きな光がユシュカを後押しした。魔王は振り返った。
「お前……」
糸を通じて、ユシュカのかすかな動揺が私にも伝わってきた。魔王からすれば脇役にすら見える小柄な神官の持つ、巨大な存在感に。そしてそこから漏れ伝わった真意に。
魔族、エテーネ、滅亡、協調……
「そうか……そうだったのか」
顔を見ればわかる。ユシュカはこの時初めて、エテーネ村の真実を知ったのだ。
シンイは照れたように笑った。
「こんなところでバレてしまいましたか。私も詰めが甘いですね」
ユシュカの一瞬の虚脱を、巨大な光が包み支える。悔恨と共に魔王は尋ねた。
「どうしてお前はそんな風に笑えるんだ」
「笑えるとは言いません」
神官は言った。流れよ、我が涙。
「でも、笑います」
「……俺は馬鹿だな」
そしてユシュカは私の姿に気づくと、不機嫌な顔で睨みつけた。
知ってて黙ってやがったな、というわけだ。
私は……
思い切り意地の悪い笑みを浮かべて、肩をすくめてやった。
魔族とはいえ、王に対して不遜であろう。
だが何故だろう。そうしたかったのだ。
ユシュカは呆れたような表情を浮かべ、首を振りながらため息をついた。
そして笑った。
何かが大きく膨れ上がった。ユシュカの、シンイの、私の。
その大きなものは、襲い来る暗黒の鉤爪を正面から受け止め、弾き返した。
誰の思惑通りでもない。誰が制御するでもない。不揃いな力が不揃いなままで一つとなり、毅然として立つのだ。
「お前、言ってたな。俺は"協調"を掲げながら、他人の話を聞かなすぎると」
ユシュカは再びシンイに話しかけた。
「認めるよ。かつて俺が掲げた"協調"は、俺一人の考えた協調でしかなかった。俺の中で筋を通し、理路整然と理屈を組み立て、正しい論理に従って……ただそれだけだった。あいつを見てると、それがよくわかる」
異界滅神は闇の腕を振りかざした。彼の手中には、今や光も闇も、邪神も女神も、全てがある。全ての力を一つに合わせ、思うが儘に振るう。ユシュカは真っ向からそれを睨み返した。
「……今は違う」
彼は自信たっぷりに宣言した。魔王らしく。
無数の光がそれに続く。ある光は勢い良く波打ちながら、またある者はひっそりと、静かに強く。
鉤爪が光と衝突する。軽々と打ち砕く。だがひとつ砕けても次がある。その次もある。十重二十重の意思が網目状に重なり、腕を阻む壁となる。
ついに癇癪を起こしたように、異神は暗黒の腕を一斉に振り下ろした。
それを切り裂く、力強い一条の光があった。
異界の神が憤怒と共にその源を睨みつける。
視線の先にいたのは大魔王、あるいは勇者の盟友、解放者。
光の網の中に数え切れぬ縁を紡いできた冒険者の姿だった。
(続く)