戦いは続く。
そして……いつの時もそうであったように……その戦いの中心にいたのは一人の冒険者だった。
勇者の盟友。大魔王。あるいは解放者。そう呼ばれた冒険者が、暗黒の手の群れに敢然と立ち向かう。
その傍らに、寄り添うように佇む人間族の若者がいた。
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光と影でまだらに染められたその人物の名前を私は知らない。体型も、性別すらもシカとは判別できなかった。
だが冒険者とその人物が強い絆で結ばれていることは何故かはっきりとわかった。
肉親の情によってだ。
闇はあらゆる力をもって二人を押し潰さんとする。彼らは身を寄せ合い、襲い来る全てに立ち向かった。
神は嘲った。
『何故信じられる。何故許せる』
暗黒の手が、糾弾するように人間族を指さした。一斉に。
『その者が犯した罪を、知らぬとは言わせぬ』
人間族の肩がピクリと震えた。冒険者はその肩を抱き、毅然と神を睨みつけた。
『呪われし運命から逃れるため、多くを犠牲にしてきた。その罪を誰が許す? その者はお前にとって、本当に身を寄せ合うに足る人間なのか?』
冒険者は……一寸たりとも動じず、武器を構えた。
その時、彼らの背後でひときわ大きく輝き始めた光があった。
私は書物を通してその名前を知っていた。
古代エテーネの王女、メレアーデ。冒険者は一瞬、彼女の方を振り向いた。メレアーデの紫色の髪がふわりと広がり、頷くようだった。
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はっきりとした会話は私には聞こえなかった。ただ、糸を通じて伝わったいくつかの断片的な単語をつなぎ合わせれば、次のような言葉になるだろう。
『ありがとう』
冒険者はそう言った。
『貴女はかつてクォードを許し、許した責任を自分が背負うと言った。その言葉があったから、自分も決心できた』
肉親の肩を抱き、弾劾の手を受け入れるように体を開く。
『許す権利などない。それでも……』
冒険者は頷いた。メレアーデもまた頷く。
『自分も貴女と同じことをする。たった一人の家族だから』
闇は消えない。糾弾の矢が二人を貫く。抗うでもなく屈するでもなく、冒険者はただ歩む。若き人間族もまた歩み始めた。
メレアーデはそれを見守っていた。少しの羨望と共に。
私は……彼らの物語の全てを知っているわけではない。
私にわかるのは、彼女の瞳から溢れた涙が美しいということだけである。
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無論、彼らを支えたのはメレアーデやシンイだけではない。知った顔から見知らぬ顔まで、無数の意思の奔流が彼らを支えていた。
いや、支えるなどというものではない。ただ背中から打ち付ける。無秩序な声、叫び、あるいは沈黙。
『解放者か』
そう呟いたのはエジャルナの神官トビアス。エステラと同じ竜族の若者だ。
『……俺もあんたみたいになりたかったよ』
かつて英雄を目指した若者が輝く背中を見つめ、笑う。……と、別の声もまた届いた。無数にだ。
『そうだ! 俺たちだって大魔王になりたかったぞ!』
塵芥のような大魔王候補生たち。夢を見て成し遂げられなかった有象無象。
『そうだな……』
と、冒険者の隣に光とも闇ともつかぬ輝きが灯る。
『私も、なりたかった』
勇者姫がハッと顔を上げた。うり二つの顔が一瞬、勇者とその盟友の間に浮かび、そして消えた。
……私だって同じかもしれない。ふとそう思う。
しょせんは一介の魔法戦士。勇者英雄の類ではない。せいぜい、できることをやればいい。
そう理解しながらも、時に空を見上げてしまうのは何故だろう。見上げれば天は遠い。首が痛くなるばかりだ。
……まったく、ばかばかしい!
唇を噛みながら苦笑い。混濁した光の中、万色の光条の、その一筋。
きっとこの数倍、いや数百倍、数億倍もの言葉や意思が飛び交っていたに違いない。一つ一つの物語を追いかけていけば、それだけで何十冊も本が書けてしまうだろう。
だが光は流れていく。記憶と共に。いくつもの言葉が飛び交っては押し流され、もう殆ど残っていない。忘却の波が、この神秘的な体験を抽象的な概念へと昇華……あるいは風化させていくのだ。
だからこの戦いに関して、私が覚えている記憶はあと一つだけである。