「これで、良かったはずだ……」

私は悩んでいた。
海よりも深く、山よりも重く。
私の目の前に立ちはだかった難題は、悩めるものをあざ笑うように不敵に笑う。「本当にこれでいいのかね?」と……。
「ひょっとしたら……いや、しかし……」
「何をブツブツ考え込んでるのニャ」
見かねたニャルベルトが声をかけてきた。我が家に居候する猫魔道である。
「この私の姿を見てわからんのか」
「わからんニャ」
ええい、情けない! 私は少し顔を下げて不敵なる難物を見せつけた。
「この帽子のバンドの色のことだ!」

少し前のことである。冒険者向けのキャンペーンで宿屋協会からフラワーギフト券なるものが配布された。染色用の花が無料で1セット貰えるお得なシロモノだ。
これを機に私も少し衣装替えをしてみようというわけだ。
ベースとなるのは以前使ったことのあるキャプテンマント。最近はなにやら海賊ブームらしい。流行りに乗るわけではないが、当時は使えなかったガーネットの色で染め直してみると思ったより印象が変わる。
帽子はいつものアドミラルハットというのも海軍風で洒落てはいるが……今回はあえて魔法戦士団ハットを使ってみた。かつてはメインカラーを変更できず用途が限られていたこの帽子も、今では立派なオシャレ装備である。
「……で、バンドの色だが」
「すでにどーでもいいニャ……」
「まあ聞け」
踵を返そうとする猫の肩をむんずと掴む。こういう時、わけもなく誰かに悩みを話したくなるものである。
せっかくのフラワーギフト券。どうせなら珍しい色を使ってみようと考えた結果が、この「ローズグレー」である。
通常のグレーよりくすんだ色調、やや茶色がかって見えなくもない中間色の魅力。
一度はこれだ!と決めてメギストリスに飛んだのだが……
「何か問題でもあるのニャ?」
「私は髪の色も灰色系だからな……」

こうして正面から見ると、髪の毛とバンドが同色系で繋がってしまって、何かおかしい気が……
「別に気にする必要無いニャ。だいたい誰もそんニャとこまでいちいち見ニャいのニャ!」
ニャルベルトが真理を言い当てる。
だが畢竟、オシャレとは自己満足のために行うものなのだ。
「だいたい、ニャんで染める前に姿見で確認しニャかったのニャ!」
「いや、確認したぞ」
確かに確認した。が、少し角度を変えただけで見え方も大分違ってくるものだ。姿見ではもう少し茶色寄りに見えたんだが……
さらに悩むこと数刻。
「やはり……変えてくる!」
あきれ顔の猫を残して、私は家を飛び出した。
そしてジュレットからメギストリスへと、一条の光が飛び立つのだった。

「と、いうわけでブラウンで染め直してきた」
やはり定番というのは良いものだ。無難に合う。そして安い! 庶民の懐にやさしい花だ。コルクも試してみたかったが、あちらは高級品である。
「せっかくのローズグレーダリア、無駄にニャっちゃったニャ」
「無料券で貰ったものだ。損はしてない!」
「売った時の金額を計算するとだニャ……」
猫よ、誰も幸せにならない計算式を解くのは一刻も早くやめるんだ。
「この手の一喜一憂、ドタバタを楽しむのもドレスアップ勢のたしなみだろう」
「ドレスアップガチ勢に怒られそうだニャ……」
ちなみに今回のドレスアップ、一番のこだわりポイントは帽子のバンドではなく、大賢者のグローブとキャプテンマントの組み合わせである。
色変えできないライン部分の色が偶然一致し、袖の折り返しも表現できる。
「だからそんニャとこまで誰も見てニャい……」
「私が見る! それでいいのだ」
オシャレとは、自己満足と見つけたり。
ジュレットの雲は若干白けた色で空を流れていた。