洋上。
陽光が波に跳ね返る。
ゲルト海峡を通過する大陸間鉄道を下から見上げ、ゆらりと揺れる海のリズムに身を委ねる。
甲板からはプクリポ達の気楽な歌声が聞こえてきた。
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「僕は~海賊~なのだ~♪ 海の~男~なのだ~♪」
これは伝説の海賊カジリアッチ3世がいつも口ずさんでいたという有名な歌である。
「俺たちゃ海賊♪ 俺たちゃ海賊♪」
と、オーガが歌う別の歌が混ざり始める。
「キャプテンキッド! 君の夢をっ♪ 捕まえにっ、僕は行くさ~♪」
合唱まで始まった。賑やかな限りである。
だが彼らは合唱団ではない。ただの船乗りでもない。
頭に巻いたピュアブルーのバンダナ、屈強な二の腕。潮風に立ち向かう精悍な眼差し。腰には短銃、手斧か短剣、はたまたブーメラン。設置された小型カノン砲が誇らしげに砲身を輝かせる。
「野郎ども、準備はいいか!」
眼帯に海賊帽、顎髭を蓄えた人間族のマドロック船長が号令をかけると、船中から歓声が上がる。
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調子に乗ったプクリポがもう一つ号令をかけた。
「尻尾をたてろーーー!」
従うことができたのはオーガとプクリポだけだった。笑いが渦巻く。
これがマドロック海賊団。私の調査対象である。
「おもかじヨーソロー!」
はしゃいだ声を上げるのは私の相棒、エルフのリルリラだ。一般冒険者に偽装するため、彼女にも協力してもらった。
操舵手がすぐさまツッコミを入れる。
「イヤおもかじは右、ヨーソローはまっすぐだから! おもかじヨーソローだと意味わかんねえだろ!」
「へー、ただの掛け声じゃなかったんだ!」
こういう間の抜けたことをやってくれると、相手の警戒心が薄れて大変よろしい。私は傍に寄り、苦笑しながら彼女の頭に手を当てた。
「すみません、ちゃんと勉強させます」
「形から入るタイプです!」
彼女はくるりと1回転して衣装を披露した。上は白と青のセーラー服。腰には赤いサッシュ、青いズボン。海兵をモチーフにしたらしい。
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「……海兵と海賊は真逆じゃないのか?」
「そうだっけ?」
エルフは首をかしげた。……ま、深くは追及するまい。
一方、首をかしげているのがもう一人。いや一匹。
「尻尾はいつまで立ててればいいのニャ?」
猫魔道のニャルベルトが自分の尻尾と向き合っていた。タコメットがちょいとそれをつつく。人から魔物まで、バリエーション豊かな海賊団である。
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そんなマドロック海賊団の、今回のお目当ては……
「行方不明になった商船の救出だ!」
船長が宣言する。船内の面々は、拳を突き上げたのが半分、肩をがっくり落としたのが半分だ。
「おいおい、また海上警備隊の真似事かい?」
不満もあらわに甲板を駆けあがったのは副船長のフレンジーだった。
「いつからウチらはボランティア団体になったんだ。海賊だろ!」
マドロック船長は苦い顔をしたが、何人かが彼女に同調する。
「ここんとこ、そんな仕事ばっかだよな」
「もっと海賊らしいことやりたいよなあ」
「それなら」
と、私はさりげない顔をして彼らに声をかけた。
「近くの港町から略奪でもやりますか」
彼らはギョッとした顔で私を振り返った。ふむ、そういう反応か。
「ミラージュ」
船長が足音を立てて近づいてきた。
「冗談でもそういう台詞は慎め。俺たちが掲げるのは自由と探索! 略奪やコロシはご法度だ!」
「存じております」
私は肩をすくめる。船長は、やや大げさな身振りで全員を見渡すと声を張り上げた。
「新入りが多いからもう一度言っておく! 俺達は海賊と言ってもカタギに迷惑をかけるつもりはない! あくまでロマンと冒険を求める海の冒険者、それがマドロック海賊団だ!」
拍手が上がった。プクリポが飛び跳ねる。
「おうよ、俺たちの目当てはお宝!ロマン!それだけさ!」
「宝の地図、半分は手に入ったしな」
海賊たちの視線は船長の持つ地図に集まる。彼らが目下、目的としているのは「海神の秘宝」と呼ばれる伝説の財宝だ。これをめぐり、ハルバルド海賊団と争っている。
どうにか地図の半分は手に入れたが、もう半分はハルバルドの手に……というわけだ。
「……で、ボランティアが海の冒険者の仕事かい。せっかく手に入った地図が泣いてるよ!」
フレンジーがなおもくってかかる。船長は首を振った。
「今は迂闊に動くわけにはいかん。なにしろ……」
と、私を一瞥する。眼帯の奥が鋭く光ったように見えた。
「……魔法戦士団も動いているようだからな」
私は帽子のつばに手をかけながら薄く笑みを浮かべた。気づかれているか? だが別に構わない。
「ゲーダム、とか言いましたな、あの男」
私はとぼけた顔でもう一人の魔法戦士の名を挙げるのだった。