フリーダム・トルネード号が海を行く。冬のゲルト海峡を越え、レンドアとオーグリードを結ぶ海域へ。
消息を絶ったという商船の行方は、おおよそ見当がついていた。
「潮流を読み違えたんだな。おそらく事件性はないだろう」
マドロックはそう判断していた。
「なら、今回はあの魔法戦士が絡んでくることはなさそうですな」
私はぬけぬけとそういった。
この時点で私は……そしてマドロック海賊団は、カミハルムイに続き、さらにもう一度ゲーダムと遭遇していた。
副船長のフレンジーが、秘宝の地図を持つという男を訪ねてジュレットを訪れた時のことである。
同じく地図を求めてやってきたハルバルド海賊団を追って、ゲーダムもまたジュレットの街に潜伏していたのだ。
地図を巡り、一触即発の事態となった二つの海賊団……彼はそこに奇襲を仕掛け、いともたやすくハルバルドの一味を退けてみせた。
凄腕である。
なかでも特筆すべきは、弓を使った防御術だ。
ハルバルドが放った投げ斧タイプのブーメランを、彼は弓の背で弾いてみせた。
通常、弓使いは身をかわす以外に防御手段を持たないものだが……余程の鍛錬を積んだのだろう。攻防一体の弓術だ。全ての冒険者がうらやむ技能である。
ハルバルド海賊団を撤退に追い込んだ彼は、続いて我々を……正確には、私以外のマドロック海賊団の面々を見据え、ギラリと睨みつけた。
私は目をそらす。関係を悟られぬための演技だぞ……という、そのしぐさ自体が演技だ。
最初の遭遇の時、私は彼が焦りすぎていることに気づいた。だから本国に警告を出す一方で、この日もとぼけたふりをして彼の様子を観察していたのである。
海賊への嫌悪が、任務に勝るようなことはないか……
やがて彼は矢じりをフレンジーにつきつけながらこう言った。
「貴様らを助けたわけじゃない。たまたま今日は逮捕状に貴様らの名前がなかった。それだけだ」
彼は感情を押さえつけるように吐き捨てた。今のところは、大丈夫のようだ。
ただ……
「海賊など、私は決して認めん」
と、捨て台詞を残すことは忘れなかった。
私がゲーダムの名を口にしたことで、海賊たちも彼のことを話題にし始めた。
「ったく、なんで魔法戦士団ってのは俺たちを目の敵にするんだろうな」
「そりゃ、海賊だから」
「違いない!」
青い海賊たちが笑い声をあげた。彼らにとって悪評は必ずしも恥ずべきものではない。アウトローの自負。お尋ね者であることを楽しむ男たちなのだ。タフである。
一方、マドロック船長は思案に暮れるような表情だった。私が言うことではないが……海賊にしては繊細すぎるのではないだろうか?
私の知る限り、彼らは宣言通り略奪も殺戮も行わず、ただ宝探しとボランティアを続けているだけだった。
「それって海賊なのかな?」
と、二人きりになった時にリルリラが言った。
「彼らはそう名乗っているようだぞ」
とはいえ、私も彼らをどう定義づけたものか、悩んでいた。
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この日、海賊船フリーダム・トルネード号は遭難した商船を救出し、無事レンドアまで送り届けた。
人々の称賛を浴び、手を振りながら出航するその姿はどう考えても海賊のそれではなかった。
腕組をする私に、背後から声をかけたのはマドロック船長だ。
「あの魔法戦士にも、俺たちのこういう活動を知ってもらいたいもんだな」
意味ありげにゆっくりと……。私が魔法戦士だと気づいて、殊更に無害を強調しているのだとしたら、なかなかのタヌキだが……。
「次に会った時に伝えておきますよ」
私は軽口と牽制をまじえてニヤリと笑った。
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「ハルバルドの動きにも引き続き注意が必要だ。奴ら、周りの被害なんて気にしちゃいないからな」
隣で聞いていたプクリポも、うんうんと頷く。
「あいつらひどいも~んね~」
「……俺たち海賊はカタギの衆に、絶対に被害を出しちゃならないんだ」
彼は呟くようにそう言い残して船長室に戻った。残されたプクリポはその背中を見送り、小さな肩を落とした。
「まだあのこと引きずってる~のかな、船長……」
あのこと……?
私は膝をついて、プクリポの小さな頭部に顔を近づけた。
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「詳しく聞かせてもらえますか、ペッペチ先輩」
「え、センパイ?」
ペッペチ先輩は嬉しそうに頬を紅潮させ、そして重々しい口調で軽々しく、口を滑らせるのだった。