波の音がさらさらと岩肌をなぞる。薄暗い洞窟に一条の陽光が差し込むと海の青が壁に染み入り、細かな突起に反射した光が星のように輝く。
海の溶ける洞窟。この詩的な異名を持つ洞窟は、ウェナ諸島、キュララナ海岸を正面に臨む丘にぽっかりと空いた深いほら穴である。
時折海獣が住み着き近隣の住民を脅かすが、近年ではそうした噂もなく、ただ波と雫がひっそりと出入りする、静かな洞窟……のはずだった。
海獣より獰猛な海賊たちが、この洞窟を拠点にするまでは。
ひんやりとした岩肌を背中に押し付けて、私は奥の様子をうかがっていた。ハルバルド海賊団。血のように赤いバンダナをトレードマークとした男たちが、この先に待ち構えているはずだ。
軽く目くばせする。私の隣にいるのは弓を背負った精悍な顔つきの男だった。
「抜かりはないな、ミラージュ」
「無論」
帽子を傾ける。その帽子が鮮やかな青に染まっているのを見て、男は顔をしかめる。ゲーダム。私と同じ、魔法戦士団員である。他にリルリラとニャルベルト、そして数人の雇われ兵。
別々の任務を担当しているはずの我々が、何故こうして肩を並べているのか。やや説明が必要となるだろう。
* * *
ハルバルド海賊団の動きを追うマドロックたちは、彼らが港町レンドアを襲撃しようとしているとの情報をキャッチした。
同時に、ゲーダムもその動きを捉えていた。ハルバルドの戦力からすると信憑性は怪しかったが、無視するわけにもいかない。
本国に支援を要請するには時間が足りないと判断したゲーダムは、ハルバルドと対立するマドロック達……そしてそこに潜伏中の私を利用することを思いついた、というわけだ。
つまり、魔法戦士と海賊の共同戦線。
「気に入らない策ではあったがな」
ゲーダムは鼻を鳴らした。海賊への嫌悪は相変わらずのようだが、それはそれと割り切れる男のようだ。そのことに、私は安堵していた。
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自然、私はゲーダムとマドロックを繋ぐ連絡役として働くこととなった。今の私は一般冒険者に扮して魔法戦士団に協力する海賊団の一員……を演じる魔法戦士団員である。リルリラが頭をクラクラさせ、猫が長く鳴いた。
マドロック達も色々と策は講じていた。副船長のフレンジーが仲たがいを装って敵に潜入したのもその一つだ。
そして今、マドロックらは先行して洞窟に突入していた。まもなく口火が切られるはずだ。そこを我々が強襲する手はずとなっている。
「海賊同士、潰しあってくれるのがベストだが……」
ゲーダムは真顔でそう言った。私はあえて口元を緩めた。
「私の調査では、マドロックたちは海賊ではないな」
怪訝そうに睨みつけるゲーダムに片目をつぶってみせる。
「海賊を自称しているだけの冒険家集団だよ、あれは。何しろ海賊行為を働かないんだからな」
ゲーダムは舌打ちする。
「貴様、一緒にいるうちに情にほだされたのではないだろうな!」
「そこまで馴れ合うつもりはないさ。調べるべきところは調べてある」
詰め寄るゲーダムを制し、私は首を振った。
「民間への被害もゼロとはいかんようだ」
あの日、ペッペチ先輩から聞き出した情報である。
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少し前のこと、航海中のフリーダムトルネード号がハルバルド海賊団に襲撃され、海戦となったことがあったそうだ。
その際の流れ弾で、民間人に相当な被害が出たとか……
ゲーダムの両目が吊り上がった。私はいさめるように頷いた。
マドロック船長もそのことで相当ナイーブになっているらしい。覇気がないのも、民間への被害を極端に恐れているのもそういうわけだ。
何しろ今回のハルバルド海賊団への襲撃も、当初は「話し合い」のつもりだったというくらいだから、弱気とさえ思えるほどの慎重さである。
「……ま、悪意が無かったとはいえ被害が出ている以上、安全な存在とも言えんのは事実だな」
「当然だ!」
吐き捨てるようにゲーダムは言った。
「やはり奴等もろとも殲滅すべきだ!」
「逮捕状は出ていないのだぞ」
私が釘をさす。表向き、今のマドロック海賊団は魔法戦士団の雇った協力者だ。それを背後から襲うわけにはいかないではないか。
「手ぬるい! これ以上の被害が出る前に!」
「落ち着け。あくまで上層部の判断を……」
その時、鬨の声が洞窟内に反響し、水滴が零れ落ちた。
海賊たちの戦いが始まったのだ。
我々は頷きあい、それぞれに得物を手にした。今は論じている場合ではない。突入準備……! 海の溶ける洞窟に、血の色が混ざり始めた。