
潮騒。ヒトデたちがさざ波と戯れる。オーグリード大陸南部、ギルザの浜辺。
その日、マドロック海賊団の青いバンダナがこの浜辺の白砂を埋め尽くした。
沿岸に佇むフリーダム・トルネード号が、彼らの背中を見送る。
「お前たち、ここからが本番だぞ!」
マドロック船長の号令に歓声が上がる。リルリラとニャルベルトも一緒になって飛び上がった。
海の男たちが陸に乗り出すのは一仕事終えての凱旋か、食料や機材の買い出し、そしてもうひとつ。
お宝の在り処に目星がついて、そこに乗り込む時だ。
ハルバルド海賊団の逮捕から一巡りほどの時が過ぎ、マドロック海賊団は活動を次の段階に移しつつあった。

海神の秘宝の在り処を示す地図は巧妙な暗号仕掛けとなっていたが、歴戦の冒険家であるマドロック船長にかかれば赤子の手をひねるようなものである。
「それに……一度暴かれた跡があった。おかげで隠蔽が甘くなっていたようだな」
「過去に誰かが解読していた、と?」
「そうらしい」
私は首をかしげたが、海賊たちは気にしなかった。今、地図はこの手にあるのだから。
「あぶり出しなんて古い手だよな」
「この地図が作られた時代では、最新技術だったんだろ」
軽口を叩きあう。秘宝の隠し場所は、ここギルザット地方のどこか、というところまで明かされていた。
「ここからは別行動だ。誰が最初に辿り着くか、競争といこう」
マドロック船長が茶目っ気たっぷりにそんな提案をしたのは、ハルバルドの一件が片付いて余程浮かれていたのか、それとも魔法戦士の私を警戒してのことか……
どちらにせよ、好都合だった。
海賊たちはめいめいに数人単位のチームを組み、私はリルリラ、ニャルベルトをメンバーとした。これで自由の身だ。そろそろ報告のため、ヴェリナードに帰還したいと思っていたころである。
彼らの宝探しの結果は……もはや見届ける必要もないだろう。
「そうそう、忘れてた」
と、船長が別の話を切り出した。
「今日から新メンバーが加わる」
彼が紹介したのは、私と同じウェディ族の青年だった。
「ピード、こいつらが海賊団の仲間だ。仲良くな」
「よろしくお願いします、みなさん」
ピードと呼ばれた青年は、はにかんだ笑みを浮かべて皆にあいさつした。

元漁師で船の扱いには慣れているとのことだが、荒事には全く無縁といった温和そうな顔が印象的だった。海賊のイメージとは程遠い。
もっとも、それを言うならマドロック海賊団自体が海賊らしからぬ変わり者の集団である。
マドロック船長も、そんなところが気に入ってスカウトしてきたのだろうか。
海賊たちは早速、新しい仲間に群がっていった。
「これからよろしくな!」
「お前さん、一番オイシイところから参加できるなんてツイてるぜ」
「ここまで大変だったもんなぁ」
へえ、とピードは純朴な瞳を海賊たちに向けた。
「そんなに大変だったの?」
「そりゃ、色々あったさ」
口々に語りだす。地図を探し出すまでの苦労、解読作業、そしてハルバルド海賊団との争奪戦……
「けど、そのハルバルド海賊団も魔法戦士団に逮捕されたし、あとは宝を探すだけさ」
「へえ……」
と、ピードは瞳を輝かす。
「さすがは魔法戦士団だね!」
その表情がやけに嬉しそうなのが、私の記憶に強く残った。
とはいえ、別におかしなことではない。我々ウェディにとって、魔法戦士団は特別な存在だ。
赤い羽根帽子とコートを身にまとい、颯爽と事件を解決するエリート戦士たち……ウェナ諸島の少年たちにとって、彼らは勇者姫以上のヒーローなのだ。
少年時代の私にとっても、それは同じことだった。強く憧れ、追いかけ、ついにはこうして魔法戦士の道を選んだ。
もっとも、実像に触れてみれば、思い描いていたほど華麗でも優雅でもない、地道な作業の連続だったのだが……それでも魔法戦士団の制服に袖を通すことは、今の私にとっても特別な行為である。
海賊の道を選んだピードの胸にも、そういう憧憬がいくらか残っていたのだとしたら……なんとなく、私は嬉しい気持ちになった。
リルリラがそんな私を見上げて微かに笑った。
私は目をそらし、帽子を目深にかぶるのだった。