私が感傷に浸っている間にも、ピードと海賊たちの交流は続いていた。
その中で、一人の海賊が彼に声をかけた。
「怪我はもういいのか? 無理はするなよ」
怪我……? 私は聞き耳を立てた。
他にも何人か、首をかしげたものがいた。訳知り顔の古参団員が説明する。
「こいつ、漁をやってるときに俺らとハルバルド海賊団との海戦に巻き込まれてさ……少し前まで歩けなかったんだよ」
「いやー、あの時は死ぬかと思ったよ」
ピードはケロリとした顔で笑った。
前にペッペチ先輩から聞いた、あの海戦のことだろう。
チラリとマドロック船長の表情を確認する。彼は先ほどまでの浮かれた様子が嘘のように神妙な顔つきで彼らの話を聞いていた。
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「そんな目にあったのに海賊になりたいなんて、変わったやつだよ」
「助けてくれたのもマドロック船長だったからね」
「当然のことだ。俺たちの都合に巻き込んじまったんだからな」
マドロックはそう言って腕組みした。
どうやら彼はあの海戦に巻き込まれた怪我人を救出・保護し、治療に関するあれこれの面倒も見続けていたらしい。
「復興支援のための寄付金も匿名で送ってるみた~いだよ」
とは、ペッペチ先輩からの追加情報である。
私はさりげなくマドロック船長の隣に立ち、あえてこんな言葉を投げかけてみた。
「まるで慈善団体ですな」
「馬鹿をいうな!」
彼は声を荒げた。
「自分で傷つけて自分で助ける。それで慈善行為のつもりでいたら、そいつは世界一の大馬鹿野郎だ!」
「……ごもっとも」
私は頷き引き下がった。とりあえず……ヴェリナードに報告できる事実が一つ増えたことは確かだ。
「さ、その話はもういいじゃないか。ピードもこうしてピンピンしてるんだしさ」
フレンジー副船長が間に入って言った。ピードが頷く。
「うん、あんまり気にしないでよ」
当の本人に窘められて、マドロック船長も毒気を抜かれたようだ。代わって副船長が号令を出す。
「さあ野郎ども、財宝は早い者勝ちだ! 地図の写しは持ったね! ここからは競争だよ!」
あらためて海賊たちが雄たけびを上げる。ピードも気の合った船員とチームを組み、さっそく地図に額をこすりつけ始めた。
「よし、出発だ!」
砂浜に砂塵が舞い、海賊たちがそれぞれの方角へと足を踏み出す。
旅立ちの直前、マドロック船長が私を振り返った。
「お前はどうするつもりだ?」
眼帯の奥が再び鋭く光る。
私は肩をすくめた。
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「さて……とりあえず宿でもとって、のんびり地図とにらみ合いましょうか。そのうち良い便りが届く、かも」
「良い便り、か」
彼は顎髭を軽くなでた。
「なら、そいつが俺たちにとっても良い便りであることを祈ってるぜ」
マドロック船長はそう言い残して背を向けた。
恐らくこれが別れになるだろう。
「私も祈りましょう。僧侶の真似事はできませんが」
私はチラリと隣のリルリラを見た。彼女の本職は僧侶だ。エルフの娘は、両手を首の後ろに回して、呆れたような顔で我々のやりとりを眺めていた。
ニャルベルトが浜辺に杖をついた。風に吹かれた砂が複雑な模様を描く。
これにて任務完了。あとは本国に報告し、判断を仰ぐのみ。そのはずだった。
だがその夜、ヴェリナードから私の元に届いた便りは、決して良い便りではなかったのだ。
* * *
街道沿いの宿場町に早馬が届く。手渡された密書を確認し、私の手は震えた。それを届けた連絡員も同じ表情だ。
「確かな話なのか?」
とは聞かない。密書にはユナティ副団長の署名があった。不確かな報せをよこすような彼女ではないのだ。
私は、一度はしまいこんだ秘宝の地図を取り出し、素早く頭の中を切り替えた。
「どうやら、我々も宝探しに参加せねばならんらしいな」
リルリラが首を傾げた。
「まだお芝居は続きそうなんだ?」
「……だが、海賊ごっこは終わりだ」
私は装備袋を開くと、ピュアブルーの帽子を脱ぎ去った。
この報せが事実ならば……私は魔法戦士として、断固として立ち向かわねばならない。
潮騒が響く。
夜空を映した冬の海は、凍てつくほどに澄んだ、深い青に染まっていた。