我々は地下港跡を急ぎ足で、しかし用心深く進んでいった。
苔むした桟橋に佇む小蟹たちがあわてて道を譲る。
アジトには多少の仕掛けが施されていたが、一足先に踏破した誰かの足跡をたどれば、突破は容易だった。
見たところ足跡は八組。一つがゲーダム、残りがマドロック海賊団だとすれば、今のところ宝探しに成功したのは半数にも満たない数のようだ。
「どういうつもりだ!」
奥から言い争う声が聞こえてくる。続いて悲鳴。誰か負傷したようだ。
我々は顔を見合わせ、足を速めた。暗い地下空洞を駆け抜ける。……と、空があった。青く、広い。咄嗟に壁に飛びのき、身を隠す。
……いや、違う。これは絵だ。古の海賊たちのジョークだろうか。壁面に描かれた青空の絵が、ターコイズに染まった地下空洞内に異質な空気を生んでいた。
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その手前には開かれた宝箱。そして数人の男女。
マドロック、フレンジー、マドロック海賊団の部下数名。ペッペチ先輩もいる。負傷した一名の肩には、矢が突き刺さっていた。
そしてその手前には、片手に奇怪な外見の像を鷲掴みにして体を震わせる、紫髪のウェディ。
……見知った顔だ。私は暗澹たる思いと共に奥を覗き込んだ。
「貴様ら海賊は、ここで根絶やしにする!」」
ゲーダムは、ギラついた視線を海賊たちに突き刺した。容疑は確定、か。
「海の全てを支配するという海神の秘宝……」
ゲーダムは手にした像を、魅入られたように覗き込む。異常であった。
どうやら、様子をうかがっている場合ではないらしい。
「海賊ごときに、こんなものを手にする資格はない!」
「では貴公にはあるのかな、ゲーダム」
私は静かに言った。
ゲーダムが、海賊たちが振り返る。そして両者が凍り付いた。
その目に映った私の姿に……いや、私が身にまとう真紅の羽根帽子……魔法戦士団の制式装備、ノーブルコートに。
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「魔法戦士……?」
ペッペチ先輩が目を見開く。
「やはりな」
マドロック船長が静かに頷く。
そしてゲーダムは、おこりにかかったように身を震わせ、吊り上がった目で私を睨みつけた。真紅の衣装がその視線を迎え撃つ。
ノーブルコートは単なる防具ではない。魔法戦士団の象徴であり、この装備を纏うことは魔法戦士団としての公式な任務に就いていることを示す。
ゲーダムがそれを知らないわけがない。ウェディなら、ウェナ諸島で少年時代を過ごした男なら、誰もが知っている。
そして私は……ノーブルコートの魔法戦士は、決断的な足取りで歩を進めると、悠然と彼の前に立ちふさがった。
「魔法戦士ゲーダム! 我々に与えられた権限の全ては任務あってのもの。今のお前に何の資格があって捕らえた犯罪者を連れ出し、命を奪い、あまつさえ彼らに攻撃を加え、宝を奪ったというのだ」
ゲーダムは絞り出すような声で反論した。
「奴等は……奴等は海賊だぞ! 皆殺しにされて当然だ!」
「ヴェリナード当局は当面のところ、彼らを犯罪者とは認定していない。知らぬとは言わせん」
ぴしゃりと切り捨てる。
「そうだ!」
と、仲間の傷を治療していた海賊の一人が声を荒げて抗議した。
「俺たちはただ宝探しを楽しんでるだけだ! 邪魔すんなよ!」
「楽しんでいるだけ、だと」
低い、地獄の底から突き上げるような声だ。ゲーダムは震える手で額を抑えた。口から溢れ荒い吐息には、狂気の笑みすら混ざっているように聞こえた。海賊たちがたじろぐ。
「ならばその楽しみのために、私の弟は殺されたというのか」
「なんだって? 弟……?」
フレンジーが思わず問い返す。吐き捨てるようにゲーダムは言った。
「私の弟は海賊に殺されたのだ! 海賊どもの内輪もめの犠牲になってな!」
「まさか……?」
マドロック船長の顔が苦渋に歪んだ。ハルバルド海賊団との海戦。その流れ弾……
「あの時の村に……?」
「罪のないものを巻き込んでおいて自由だと? 奇麗ごとを抜かすな!」
ゲーダムは、血を吐かんばかりの怒声を上げた。地下空洞が震え水滴がしたたり落ちる。
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『そういうことか……』
私は、彼が時折見せた昏い眼光の正体をようやく理解したと思った。
だが、遅すぎた。
その光はもはや、血走った眼球の中で濁り、狂い、そして暴走を開始していたのだ。
彼は怒りのままに弓を握り締めた。
「貴様らは所詮無法者にすぎん!」
海賊は、何も言えなかった。
そして私は……
「無法、か」
魔法戦士として、言葉を発した。
「無法はお前の方ではないのか、ゲーダム」
「何……ッ!?」
ゲーダムの口から、怒気が溢れた。