地下空洞に不穏な空気が漂う。怒りを乗せた視線を正面から受け止め、私は首を振った。
「お前とお前の弟を襲った不幸には同情する。その怒りも理解できる。だがそれは、国家から託された力を私情のために振るっていい理由にはならん」
声が響く。ゲーダムの背後で、絵画の景色が震えた。
「法の守護者たるものが己のために力を行使する。人はそれを、無法と呼ぶのだ」
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青い空、白い雲。こびりついた土で、よく見れば汚れている。振動がその汚れを暴く。
「このオレを、奴等の同類扱いする気か!」
ゲーダムが目を剝いた。眼球が血走り、拳が震える。
私の心に、冬の海風が吹いた。
目の前の男が激すれば檄するほど、胸が冷えていく。
彼がマドロックと同じ……? 否。自らの意思で法を踏みにじり、感情に任せて人を殺めたという意味では、それ以下だ。
「ゲーダム」
私は努めて冷静に語りかけた。
「魔法戦士の誇りを忘れるな。なぜ我々が巨大な力を持つことを許されているのか。その意味を!」
私は一歩詰め寄った。
ノーブルハットの飾り羽根がスッと天をさす。
ゲーダムは恐れたように飛びのき、矢筒に手をかけた。私は声を上げる。
「ゲーダム! 今ならまだ女王陛下のご慈悲もあるだろう。だがその矢を弓につがえた瞬間、お前はただの反逆者に成り下がるのだぞ」
ゲーダムは……荒い息を一気に吐き出すように、声にならない声を上げた。
そして一瞬、糸の切れた人形のように虚脱し……
うつろな瞳に憎悪だけを乗せて、矢をつがえた。口元には、気のふれたような笑み。
「是非も無し、か」
私は構えようとするマドロックらを片手で制し、宣言した。
「海賊諸君には下がってもらおう。これは魔法戦士団の問題だ!」
私は戦闘態勢をとる。
が、そこにフレンジーが割り込んだ。
「冗談じゃない。あれはアタシらのお宝だよ!」
他の者たちも続く。彼らはアウトロー。理路整然とした理屈など通用しない。
マドロック船長だけが出遅れた。彼は……繊細なのだ。
なだれ込もうとした海賊たちの機先を制し、ゲーダムはまず一射。流れが止まった隙に後方に退いた。
そして、おそらくはハルバルドから情報を得ていたのだろう。アジトの仕掛けを起動する。と、地響きと共に壁が動き出した。
「何だ!?」
ゲーダムの姿が壁の奥に消える。同時に一本道だった通路が次々に壁に覆われ、迷路と化していった。
海賊同士も壁に分断された。私とリルリラ達もだ。
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「逃がすか!」
ゲーダムに追いすがる。振動が収まった時、周囲には誰もいなかった。前方に道。ゲーダムはこの先か?
と、声が聞こえてくる。
「待て!」
海賊達の声だ。走る! 通路を抜けると、オーガとエルフの海賊がゲーダムを追っていた。少し遅れてプクリポ……ペッペチ先輩である。その奥にゲーダム。他の海賊は、まだ壁の向こうか!
まずオーガが、ゲーダムに駆け寄った。ゲーダムは逃げない。弓を構えていた。
「……いかん!」
私は駆け寄りながら彼らを制止した。ゲーダムが我々を分断し、身を隠したのは逃げるためではない。一人ずつ確実に仕留めるつもりだ。
海賊たちも全員が荒事に長けているわけではない。私の知る限り、この三人の担当は操船と探索。
「ぐあ……!」
オーガが悲鳴を上げて倒れた。続けてエルフを矢が襲う。鮮血が地下空洞の空気を汚す。魔法戦士団仕込みの弓術は素人が耐えられるものではない。
二人目が倒れ、白目をむいた。追いつつ私は歯噛みした。息はあるが!
「ペッペチ先輩は、下がれ!」
私はプクリポに呼びかけた。彼は従った。正面から逃げてくる彼を飛び越して、私は射線を封じる。
「彼らを!」
ペッペチ先輩に倒れた二人のことを託し、私はなおも追う。
ゲーダムも私に気づいたようだ。狙う相手を切り替える。
私は剣を抜かず、走りながら呪文を唱えた。彼もまた下がりつつ魔法の力を高める。
それが開戦の合図だった。