戦いが始まった。
お互いの手の内は知り尽くしている。バイキルト、クロックチャージ。フォースの秘法。術法の限りを尽くした魔法戦士の動きは常人のそれではない。
炎を、雷を纏った魔法戦士が、質量のある風のように地下空洞を駆け抜ける。ペッペチ先輩は目を白黒させた。
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術は互角。流派も同じ。だが決定的な違いが一つ。ゲーダムの得物は弓、私は剣だ。
距離をおけば弓が、肉薄すれば剣が勝る。
ゲーダムは矢をつがえたまま走る。腰から上は微動だにしない。正確な射撃体勢だ。
私は追う。剣の間合いはまだ遠い。必然、ゲーダムの攻撃が先に届く。
だが一射で仕留められなければ次の矢をつがえるまで、一瞬の間が開く。その一瞬で私は距離を詰め、勝負を終わらせるだろう。
それは彼もわかっていた。
故に彼は撃たない。打つと見せかけて牽制し、私の前進を阻む。そして距離を離す。一歩遅れて追う。じわじわと距離が開いていった。
汗がにじむ。ゲーダムが二射目を放てるだけの距離を稼がれた瞬間、私の勝機は消え失せるだろう。
賭けに出るしかない。
私は左手で身体をかばいながら強引に距離を詰めた。
ゲーダムは一瞬、訝ったように見えた。
私の左手に盾はない。かといって、ゲーダムほどの使い手が撃った矢を剣で弾くのは至難の業だ。まして、剣はまだ鞘の中。
「苦し紛れか!」
ゲーダムは渾身の力を込めて矢を撃った。暗黒の理力に染まった矢じりが一直線に私を襲う。ダークネスショット!
私は避けない。
剣を抜く。矢はすぐそこだ。弾くには間に合わない。
ゲーダムが勝利の笑みを浮かべた。
その笑みが凍り付く。
「何っ!?」
ガツン、と重い音がして、矢が弾け飛んだ。
障壁。私の左手に、存在しないはずの盾が出現していた。
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いや、そうではない。
私は最初から盾を持っていた。盾で身を隠しながら突進したのだ。
ただ、その盾が見えなかった。
盾の透明化。これは魔界で発見された技法である。アストルティア勤務だったゲーダムが知らないのも無理はない。
通常、武器を構えるとこの透明化は解除されてしまう。だから私は、ギリギリのタイミングまで剣を抜かなかったのだ。
ゲーダムの顔が驚愕に歪む。私は剣を手に、一気に間合いを詰めた。肉薄……!
だが彼にも奥の手がある。
ハルバルド海賊団との戦いで見せた、弓を使った防御術。彼は弓の背を剣のように構え、私の一撃を弾こうと待ち構えていた。
彼に不運があるとすれば、あの戦いを私が見ていたことだ。その動きは、私の想定の範囲内だった。
私は剣の軌道を直前で変えた。予想外の動きにゲーダムの眉がピクリと揺れた。
刃の狙う先は彼奴のそっ首……ではない。
弓そのものだ。
弓の弦に刃をひっかけ、私は全力で引き裂いた。
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ピンと張った弦がちぎれ飛び、高く細い音が洞窟の壁に響く。洞窟蟹が岩陰に隠れる。
余韻が幾重にも反響する。
弓の両端からだらりと垂れた弦が、闇の中にゆっくりと揺れていた。
なおも体術を構えようとしたゲーダムの首に、私は素早く剣を突きつけた。
「終わりだ、ゲーダム。おとなしくお縄につけ」
ゲーダムの首筋に冷たいものが触れる。だが鋼の冷たさも、憎悪の熱を冷ますには足らなかった。
彼は私を見上げ、荒い息を吐いた。
「貴様に何がわかる! 私は……」
「ゲーダム」
私は遮った。無表情に。
「……お前は犯罪者が動機を口にしたら、納得して協力してやるのか?」
ゲーダムの端正な顔が歪む。私は……殊更に無表情を貫いた。地下空洞に、冷徹な言葉が響く。
「たとえお前の怒りが正当なものであろうと、怒りによる暴走を正当化する理由にはならん。ましてお前は魔法戦士としての力と立場をそのために利用した」
飾り羽根は風に揺れない。ゲーダムの体がぐらりと傾く。
「それを許す魔法戦士団でないことは、よくわかっているはずだ」
「おーい、無事かーー!」
……と、背後から声。そして足音。マドロックたちが追い付いてきたらしい。リルリラと猫も一緒だ。
彼らの声に、再びゲーダムは憎悪を燃え滾らせる。私は首を振った。
「もうよせ。今更……」
「……しだ……」
「ゲーダム?」
「みな……ごろしだ……!」
カッと目を見開く。私は訝った。様子がおかしいのは元々だが……これまでともまた違う。何か、異様な雰囲気が彼を包みつつあった。
ガタガタと震えだした彼の体から赤黒い光があふれ、瞳に……そして胸に灯る。肌が鱗に、歯が牙に……。ペッペチ先輩が慌てて怪我人を遠ざけた。これは一体、何だ!?
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「秘宝の力……発動してしまったのか!?」
追いついたマドロックが歯噛みする。
どうやら、また戦いは終わらないらしい。