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「これは……どういうことだ?」
彼奴の瞳は魔瘴の鈍い輝きを帯び、肉体は変化を始めていた。精神が肉体を侵食するかのように……憎悪と殺意に満ちた魔獣へと。
いつの間にか像は彼の胸へと埋め込まれ、律動を開始する。
……呪われた財宝、ということか?
「しかも宿しているのは、邪神の力、らしい」
「クッ!」
私は突きつけた剣を振るった。だが弾かれる。
ゲーダム……いや、ゲーダムであったモノは、おぞましい雄叫びをあげた。
体液を口から滴らせ、興奮のままに叫び続ける。地下水脈が騒めき、水竜巻が巻き起こる。
「海賊は皆殺しだ! それを邪魔する偽善者共も同罪だ!」
「そこまで堕ちたか」
私は剣を支えに立ち上がった。
「もはや魔法戦士団として、捨て置くわけにはいかん」
「だから魔法戦士だけで戦う、なんて言わないどくれよ」
フレンジーが私の隣に並んだ。
「こんな奴に海の支配者を名乗られちゃ、商売あがったりだからね。そうだろ、船長!」
船長の反応には、一瞬の遅れがあった。
まだ、逡巡があるのだろうか。海賊が……自分が生んでしまったかもしれない怪物と対峙することに。
だとしたら、ナイーブにもほどがある!
が、しかし。
「フレンジー、ミラージュ」
彼は静かに、力強く言った。振り返り、私は理解した。彼が遅れたのは迷いのせいではない。
準備が必要だったのだ。
「……オレに合わせろ!」
カノン砲を地面に設置し、眼帯を脱ぎ捨てる。
強く輝く瞳があった。
* * *
怨讐の化身と化したゲーダムとの戦闘は、短くも激しいものだった。
水竜巻を縫って私とフレンジー、それにもう一人の海賊が攻撃を仕掛ける。その全てが弾かれる。
追撃に出る魔獣の剛腕を、爆炎で阻むのはニャルベルト。火球呪文と水竜巻の衝突が水蒸気の嵐を呼び、その隙にリルリラが治癒の呪文で唱える。
そして白い煙が消えた頃、傷の癒えた私とフレンジー、海賊らが再び斬りかかる。
「即席にしては、悪くない連携じゃないか」
フレンジーが笑みを浮かべた。
だが魔瘴に包まれたゲーダムの肉体は強靭だった。仮初とはいえ、邪神の力。何度攻撃を繰り返しても致命傷には程遠い。
それは最初から分かっていた。
だから、この攻撃は囮だった。
繰り広げられる攻防の間、マドロック船長は微動だにせず狙撃態勢をとり続けていた。
剣と魔獣、火球と竜巻、憎悪と咆哮。それら全てが交差し、重なり合い、弾け飛ぶ。混沌の戦場に一瞬の隙を待ち続けた。
そして錯綜する全ての影が少しずつ位置をずらし、マドロックの手元から魔獣の胸元、邪神像の埋め込まれた急所へと続く一筋のラインが開かれる。一瞬の好機。
その一瞬を、彼は逃がさなかった。
「今だ!」
マドロックの左目が輝く。
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カノン砲が火を噴いた。熱。轟音。衝撃。そしてガラスの砕けるような、破裂音。
断末魔。
そして全てが沈黙した。
* * *
「……恐れ入った……」
私は素直に称賛した。
まさかカノン砲で、針の穴を通す精密射撃をやってのけるとは。
覇気のないところばかりが目立っていたが、やはりただ者ではなかったらしい。
リルリラが怪我人の手当てにあたる。幸い、皆無事のようだ。
「フッ……左目の力を使ってしまったか」
眼帯を付け直しながらマドロック船長は嘯く。
「この力は強すぎる……使いたくはなかったぜ」
……どうやら自分の世界に入ってしまったらしい。副船長は困ったような笑みと共に視線を泳がせ、私は聞かなかったことにした。
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ともあれ、ゲーダムだ。
秘宝の影響を逃れたゲーダムは、元のウェディに戻っていた。
元に……そう、元に戻った。
すなわち……
「何故、貴様らのような連中が許される……!」
魔獣ではなく人として海賊を憎むゲーダムに、ただ戻っただけだった。
もはや立つ気力すら失っていたが、その瞳に宿した憎悪の炎は消えていなかった。
「俺は弟を殺されて、ただ下を向いて諦めるしかないのかッ!」
涙すら流した。その言い分は、これまでに接した何人かの犯罪者とそっくりだった。
私の口から寂寞の吐息が溢れる。
なぜ人は、自分を被害者の側に置いた途端、こうなってしまうのだろう。
人は自分の正しい部分だけを言葉にして、それ以外のことには盲目になることができるのだ。
その鈍感さは、許せないと思った。
ゲーダムが嗚咽を漏らす。悲劇のヒーローのように。私の拳が震えるのは……冬のせいだ。
「ピードは帰ってこなかった。あいつは……」
「ちょっと待て!ピードだと!?」
マドロック船長が素っ頓狂な声を上げる。
そこから先は、急展開となった。