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戦いが終わり、地下空洞に渦巻いていた熱が霧と消える。
一人の男を支配していた熱情もまた、急速に冷めていった。
事情を説明されたゲーダムはあんぐりと口を開け、呆けたように船長の顔を見上げていた。
「ピードが……?」
……そう、あのピードだ。海戦で傷を負い、マドロック海賊団に保護され、そして今や彼らの一員となった男。
信じがたい偶然だが……ピードその人が宝の地図を片手に地下空洞へと到着すれば、ゲーダムと言えど信じるしかなかった。
弟との再会。急展開。
「弟の命の恩人を殺すところだったとは……」
やがて彼は海賊たちに向き直り、こうべを垂れた。
「すまない。私が間違っていた」
……嗚呼、めでたしめでたし。
これにて一件落着。全て解決。
壁に描かれた、白々しいほど鮮やかな空のもと……
地下空洞が和やかな空気で満たされた。
……だが。
一人だけ、その空気を許さない男がいた。
その男は、背後からゲーダムに近づき、声をかけた。
「ゲーダム」
そして私は、振り返ったゲーダムに、拳を叩きつけた。
「……ふざけるな!」
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鈍い音がしてゲーダムが膝から崩れ落ちた。
* * *
マドロック船長がギョッとした表情で私を振り返った。構わない。私はゲーダムの胸ぐらをつかみ、乱暴に引き寄せた。
ゲーダムの顔が痛みと困惑に歪む。それ以上に、私の口元は怒りに歪んでいた。
何か凶暴な怒りが、私の体を支配していた。
「お前の弟が偶然生きていた。だから自分は間違っていた、だと!?」
拳が震える。
「……ならば弟が死んでいたなら、間違いではなかったというのか?」
肺に渦巻いた荒い空気が、吐息となって溢れ漏れた。目が吊り上がっていくのを、私は止められなかった。
「弟さえ死んでいれば、自分に非は無かったと……魔法戦士が法を犯し、感情のままに殺戮に走っても間違いではなかったと、そう抜かすつもりか!」
ゲーダムは一瞬、何を言われたのか分からないという顔になった。それがなお私を苛立たせた。
私は掴んだ胸倉を、突き飛ばすように放した。ゲーダムが倒れこむ。ピードが駆け寄るのを私は遮り、怒気を孕んだ声を叩きつける。
「次の流れ弾では、今度こそお前の身内が死ぬかもな! その時お前はまたぞろ恨みを燃やし、海賊殺しを再開するわけだ!」
ゲーダムは瞳に戸惑いを浮かべる。私は吐き捨てるように言った。
「貴様が言ったのは、そういうことだ」
そしてまくしたてた。自分でも止められなくなっていた。
「結局、貴様は自分の非を認めたわけではなく、ただ自分の受けたダメージが思ったより少なかったから相手を許してやったにすぎん! 己の罪を理解せず、悔いることもせず、ただ弟が生きていたから暴れるのをやめた」
それを改心とは呼ばない。少なくとも、私は呼ばない。
「それで一件落着にされて、たまるものか!」
私の声が地下空洞に響いた。幾重にも。エコー。
反響して耳に届いた自分の声は、怒りに歪んでいた。
なんという、嫌な声だろう。
冷たいトゲが己自身を突き刺す。一瞬の眩暈。
「ミラージュ」
と、ゲーダムと私の間に割って入る影があった。
リルリラ。
エルフは静かに首を振って私を見上げた。
「もうやめなさい」
エルフの瞳は、どんな静寂の呪文より強く、私の声を封じ込めた。
気まずい沈黙が、湿った空気をかき乱した。リルリラが私の顔を覗き込む。私は……帽子を目深にかぶり、目元を隠した。
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怒りと同じだけの自己嫌悪が襲い掛かる。激情を抑えられなかったのは、私も同じだった。
背を向ける。リルリラの手が私の背ビレに触れた。
ゲーダムも、私と同じように地面を見つめていた。天井から水滴の落ちる音が、やけにはっきりと聞こえた。
その音が聞こえなくなったころ、私は再び口を開いた。今度はゆっくりと。
「……お前がハルバルド海賊団を追っていた時……」
ゲーダムが静かに顔を上げた。
「……海賊に対する嫌悪は隠そうともしなかったが……それでも任務に私情は挟まなかった。必死で怒りを抑え、任務外で力を振るうことはしなかった。だから私は……」
胸から、深い息が溢れた。
「……お前を尊敬できると思っていたよ」
ゲーダムの指がピクリと揺れた。私は目を合わせないまま首を振った。
「残念だ」
重苦しい空気の中、やがてゲーダムはぽつりと呟くようにこう言った。
「……罪を償おう」