こうして、海神の秘宝をめぐる一連の事件は幕を閉じた。
いくつか、後日談を語ろう。
船長は、村を巻き込んだ点については自分たちに非があると認め、率直に謝罪した。
ゲーダムの暴走についても秘宝に操られてのこと、と咎めることはしなかったが……魔法戦士団としてはそういうわけにはいかなかった。
第一、秘宝を手にした後の狂態はともかくとして、それ以前の罪状は全てゲーダム自身のものなのだ。
彼は逮捕され、ヴェリナードに連行された。
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このことはヴェリナード全土を揺るがす大事件となった。魔法戦士団の活動と権限について、大幅な縮小が検討されているほどである。
当分、肩身の狭い思いをすることになりそうだ。
ゲーダムは憑き物が落ちたように……文字通りだが……神妙に裁きを受け入れた。
ただ、罪を償う前にもう一度だけ、弟との面会を懇願した。陛下のご慈悲によりこれは認められ、魔法戦士団員の監視のもと、彼は弟と杯を酌み交わした。
二人が次に会えるのは……当分先のことになるだろう。
海神の秘宝は、呪術的に封印されることとなった。幸い、ヴェリナードにその手のことに詳しい人物がいる。
私が仲介すると、船長はホウ、と感心した。
「驚いたな。呪術師まで雇ってるのか、魔法戦士団ってやつは」
「いや……我々が雇ってるわけじゃあないんだが」
合成屋リーネはいつものように「オッケー」とだけ言って邪神の像を倉庫へと封印した。
アクセサリ合成を生業とする彼女がどういう経緯で呪術品の封印を手掛けているのか……この世はまだまだ謎だらけだ。
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マドロックは今後の活動方針として、類似の呪われた財宝を探し出し、封印することを掲げた。今回の事件に対する彼なりのケジメだそうだ。
私は頷き、もう一つ当局の決定を伝えた。
「マドロック海賊団については当面、手配の予定はないそうだ」
流れ弾で被害を出した彼らの非を咎める声が無かったわけではないが、そもそも攻撃を仕掛けたのはハルバルド海賊団で、彼らは防衛のために応戦したに過ぎない。
議論の末、復興のための支援を引き続き行わせるということで手打ちとなった。
「ただし」
と、私は指を一本立てた。
海賊を名乗る集団が自由に活動しているという事実自体が治安上の懸念点となる。
そこで私は妥協案として裏で宿屋協会と連絡を取り、冒険者チームとしてのマドロック海賊団を登録することを提案した。これで彼らは"海賊団"という名前の冒険者になる。
「勝手な提案だが、私掠船よりは聞こえがいいと思って頂きたい」
「そっちがそれで納得するならそれでいいんじゃないか? 俺は意識しないし、団員にも言わないけどな」
彼はニヤリと笑った。フレンジーは呆れ顔だ。
「手続きだ名目だって面倒だね。適当でいいだろ」
「支配者の側からすると、そこを適当にすると成り立たんのだ」
「支配者、か」
マドロックは遠い目をした。
「海の支配者ってのは、誰なんだろうな」
白亜の城郭が太陽に輝く。フレンジーがフン、と鼻を鳴らす。
「アタイ達は自由な海賊さ。誰にも支配されやしない」
「だが」
と、私は首を振った。
「秩序をもって支配する者がいなければ、弱者に自由は無い。力のあるものだけが自由を謳歌する。略奪も殺戮も思うがままだ」
「……それが嫌で、俺はハルバルドと袂を分かった」
マドロックは頷く。
「真の自由を求める。それが俺の生き方だと胸を張りたかったんだがな。……結局、辻褄の合わない、矛盾した生き様かもしれん」
宮殿の、そのまた上の入道雲が全てを見下ろす。更にその上には、冬の太陽。
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「船長は目が良すぎるんだよ」
フレンジーはため息をついた。
「だからいらないものまで見えちまうんだ」
そして彼女は船長の眼帯を引っ張り、パチンと弾いた。マドロックが呻く。
「その眼帯、当分外さない方がいいね」
副船長は笑った。
片方の目を開き、片方の目をつぶり……そうでなければ生きていけない。
しかしそれでもなお、マドロックの見えすぎる目は、分厚い眼帯を貫いて真実を見抜こうとするだろう。
それはひょっとすると、海神の秘宝以上の呪いかもしれなかった。
だが……
私は呟いた。
「……あの狙撃は、お見事でしたな」
見えすぎる瞳。マドロックは眼帯に指をあてながらしばし黙考し、そして口元をほころばせた。
波の間に汽笛が響く。そろそろ出航の時間だ。
私は帽子に手をかけ、敬礼のポーズをとった。
「お達者で、船長」
「その帽子で言われてもな」
マドロック船長は肩をすくめた。
フリーダムトルネード号のマストが青空に白いキャンバスを描く。
それを見送るノーブルハットは、風に揺れていた。
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そう、揺れていた。