今年もまたこの季節がやってきた。
美女たちの聖戦。アストルティア・クイーン総選挙。
もはやアストルティアの風物詩となったこのイベント、私も毎年見物に行くことにしているのだが……
今年は少々遅れる形となった。
というのも、あの海賊の一件以来、魔法戦士団では制度の改正やら配置転換やらが慌ただしく行われているのだ。
おかげで多くの団員が従来の業務に早めにケリをつけたうえで後任への引継ぎ、慣れない部署への転換、新たなノウハウの習得を余儀なくされ……
また逆に元の部署に残った者はそうした新規参入者の受け入れと業務の両立で案件を抱え込むことに……
いや、よそう。ともかく忙しかったのだ。
だからこそ、私は業務の合間を縫ってリルリラやニャルベルトと共にここにやって来た。心にも、栄養が必要なのである!
少し遅れてたどり着いたショコラフォンテーヌ城は、初日の熱こそ引いてはいたものの、まだまだ活気にあふれていた。
まず私の目を引いたのは、ウェディとしては久しぶりの出場者となるこの女性である。
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青く透き通った素肌に鮮やかな金髪が映える。始原の歌姫、リナーシェ……様。
ヴェリナード史上の伝説的人物……いや、伝説にも残っていない、幻とも言うべき存在である。
というのも、暴君バサグランデの時代に歴史書、史跡の類が散逸してしまったため、それ以前の歴史が現代には殆ど残されていないのだ。
が、幸い、今のヴェリナードにはセーリア様がいる。散逸前の歴史書を読んだこともあるという。
そして彼女が断片的に記憶していた伝説によれば、あの女性こそが……
「ヴェリナードの初代女王陛下、か……」
壇上で微笑む、華のようなご尊顔を私はまぶしく見上げていた。
私の知る限りでは、初代女王はラーディス王の妃から女王へとご即位あそばされたヴェリーナ様……つまりセーリア様の母君のはずだった。
が、どうやらそれは制度としての女王制を初めて施行したいう意味であり、それ以前に女性の王もいたということらしい。歴史とは一筋縄ではいかないものだ。
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セーリア様の知る伝説によれば、彼女は洞察力と交渉術に長けた強かな女王だったそうだ。
柔和な笑みで世間の荒波を受け流しつつ、時に無力な娘として強者の力にすがり、時に賢者として理路整然と道理を説き、理非を明らかにしたうえで抜け目なく己の目的を達する。女としての魅力も最大限に活用したとか……
それだけならただの魔女なのだが、彼女はその頭脳を自分だけのためには使わなかったという。
自分の利益を確保つつ他者をも救う。そのためには、人を欺くことさえ行ってみせる。利己と慈愛、誠心と欺瞞。清濁併せ呑むその器量は確かに女王に相応しい。
「……ま、男としては、ひざまずくより挑戦したくなるタイプだが……」
「何それ」
リルリラが首を傾げた。
「ああいう完璧すぎる顔は、少し驚かせてみたくなる、ということさ」
そんな会話をする我々に気づいたのかどうか、壇上のリナーシェ様はこちらに視線と、とびきりの笑顔を向けた。
きっと私のような男はゴマンといて、そういう連中のことも、存分に利用してきたのだろう。女狐、と誰かが呼べば、魔性の女、と答えたそうだ。とびきりの笑顔で。
「まさに女王、だな」
それが私の感想だった。
ただ、ひとつ疑問がある。それは……
「あの人、ちゃんと靴はいてるニャー」
ニャルベルトが彼女の足元をさしてそう言った。
セーリア様は履物をお召しにならない。常に素足だ。
昔のウェナにはそういう習慣が無かった、とのことなのだが……
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リナーシェ様の時代には使われていたものが、セーリア様の時代には使われなくなって、今また使われるようになったのだろうか? 歴史とは一筋縄ではいかないものだ。リルリラがうーん、と唸る。
「……単にセーリアさんの趣味だったりしない?」
真実は歴史の彼方。新たな文献の発見に期待しよう。