うっかり[副](スル)
1.ぼんやりして注意が行き届かないさま
2.心をひかれて他に注意の向かないさま
「猫よ、私はうっかりしていた……」
ジュレットの自宅、鏡の前に立つ私は深い煩悶と苦悩にさいなまれていた。
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「いつものことだけど、どーしたニャ?」
猫魔道のニャルベルトがため息交じりに私を見上げた。猫……そう、猫! 私を悩ませているのも"猫"なのだ!
「猫の何が悪いのニャ!」
「この服のことだ!」
私は振り向いて言った。猫貴族の服。豪奢かつクラシカルなルックスとショートマントがポイントの、ちょいと洒落た上着である。
ショートマントなので剣を腰に帯びても干渉しないのが高評価だ。
このデザインに惚れこみ、新装備のドレスアップに使ってみたのだが……
「迂闊だった……」
「何がニャ?」
「このボタンだ!」
私は腕組みを解き、胸元を強調した。
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そう、胸元につけられたいくつかのボタン、その全てが……肉球をあしらったデザインなのだ!
「シックなウェアのつもりだったのに……案外猫推しファンシー系だった……」
「そりゃ、名前に猫ってついてるからニャ」
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てっきり猫要素は帽子の耳だけだと思い込んでいた。うっかりしていたのだ。
「猫耳はオトリ……胸元に本命の罠を仕込んでいたとは!」
ちなみにロングショットでは目立たないため、妖精の姿見でも気づかなかった。巧妙な!
「仕掛けてない罠に勝手に引っかかってるだけだと思うニャ」
猫が茶をすすった。冷静である。
「だがせっかくのコーディネイト……しばらくは使いたい!」
要は気の持ちようだ。
よく見ればこのボタンも……
「肉球ではなく、こういう形の宝石をあしらったもの、ということにすればどうだろうか!」
「どうだろうか、って言われてもニャー」
「ブリリアントカットのダイヤと輝きを現したものと捉えれば!」
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「まー好きにするニャ」
「うむ、好きにしよう」
海鳥が鳴く。波は穏やか、太陽はかくれんぼ。入道雲が空に寝そべる。
特にどうということもない一日が今日も過ぎていくのだった。