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蒼天に線を引くかのように、いくつもの円柱がまっすぐに並ぶ。
線に区切られたこちら側は、美しい世界。見事に手入れされた庭園のような緑と、清らかな水路。大理石に似た透明感のある素材で構成された建築物の数々は、神殿を思わせる荘厳な空気を纏っていた。
よく見れば庭園を構成する無数のプランターはフワリと宙に浮き、そこから噴水のように水を放っている。魔術によるものだろうか。幻想的な光景。いわば空中庭園だ。
そして空の花園を時折横切る影がある。背中に巨大な、白い翼をもつ影。……鳥ではない。
私はそれを見上げ、そして地上に目を移した。前方には、槍を携え厳粛な面持ちで街を見渡す衛兵の姿がある。
その背中にも、純白の翼。
『天使、とはな……』
私は心の内で独りごちた。
私の名はミラージュ。ヴェリナード王国に仕える魔法戦士である。
だが今は、もう一つの肩書を名乗らねばならない。それは……
カツン、と衛兵の槍が床を叩く。我々の姿を見咎めたようだ。私が動くより先に、隣のエルフが彼らの前に進み出た。
「どうも、天使です!」
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パールホワイトのドレスに身を包んだ彼女の背中にあるのは、エルフの薄羽ではなく、純白の翼。
衛兵はギョロリとした目つきでそれを一瞥すると、ため息交じりに目をそむけた。
「……通れ」
「はーい!」
エルフ……リルリラは軽やかに彼の前を通り過ぎる。それを見送る衛兵の表情は多少歪んだように見えた。
……私は咳払いし、彼女に続いた。衛兵が再び事務的な仕草で槍を鳴らす。
「……どうも、天使です」
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紅の翼が宙を舞う。
衛兵は危うく槍を取り落としそうになった。そして忌々し気に舌打ちし、床を割らんばかりに石突きを打ち鳴らす。
「と、通れ!」
私は一礼し、彼の前を通り過ぎた。
どうやら誤魔化せた……らしい。
「イヤイヤ、どう考えても気づいてるでしょ」
リルリラが呆れ顔でため息をついた。
「なんで羽根まで赤く染めちゃうかなあ……」
エルフが私の背中をつつく。
「衣装に色を合わせたら、自然とこうなったのだ!」
「見た目、殺戮天使って感じ」
失敬な……。私は憮然とした顔で背中の羽根を撫でた。レッドローズとローズダリアで染めた翼だ。決して血染めというわけではない。……ちょっと迫力がありすぎるのは認める。
「だが私のはドルボード式だからちゃんと動く! お前のはハリボテだろう」
私も彼女の翼をつついた。純白の翼は見た目より硬く、形も一定のまま動かない。位置だって背中から少しずれているのだ。時折エルフの薄羽が見え隠れする。仮装である。
「見た目第一で~す」
エルフは薄い胸を張るのであった。
「とはいえ」
と、私はじゃれ合いを中断して言った。
「それでも咎められることはなかった……ということは、つまりそういうことだな」
「そだね」
リルリラも頷いた。
検問は形だけ。背後を振り向くと、衛兵の向こう側で宿屋協会のコンシェルジュが会釈した。張り付いた営業スマイル。
根回しは万全、というわけだ。
背ビレの底を、寒いものが走る。
天使の都と、宿屋の人々。
どうやら私は、とてつもなく大きなヤマに首を突っ込んでしまったらしい。