今を遡ることしばらく。私は魔法戦士団の任務で、とある"噂"を追っていた。
"天使"に関する噂だ。
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数か月前、レンドア上空に現れた謎の浮遊都市は、様々な憶測と推論を呼んだ。あれこそは伝説の天空城であり、そこには天使や神竜が住んでいるのだ……などという噂は当時から珍しくなかった。
だがここ数巡りほど、そうした噂がやけに具体性をもって囁かれるようになっていた。
曰く、あれは天星郷と呼ばれる天使の都であり、そこには歴史上の英雄たちが集められ、何らかの試練を受けている……云々。
プクランドのパルミオ博士が自らの発明品で超高度飛行を実現し、浮遊都市上陸を目指して飛び立った、という話も出回っている。
彼は何者かに迎撃され上陸に失敗したそうだが……これが事実なら、少なくともあの浮遊都市が実在し、彼を撃墜するだけの武力を持った何者かがそこに住んでいることだけは明らかということになる。
事実と噂、空想と伝説が入り乱れ、報道は俄かに加熱する。
これを受け、ヴェリナード当局も錯綜する情報を整理する必要があると判断。手の空いていた私が調査にあたることとなった。
パルミオ博士に関しては本人が取材に応じ、簡単に裏が取れた。ほぼ出回っている情報の通りとのことだ。
発明品で浮遊都市に向かうなど現実的に可能なのかどうか、私には判断できなかったが……
「まあ可能でしょう」
ヴェリナードに常駐する、とあるプクリポの技術者が太鼓判を押した。
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「なんなら月ぐらいまでは余裕ですよ。無職の力を結集すればですが」
言葉の意味はよくわからないが、凄い自信である。
次に私が調査対象としたのは、冒険者たち……いや、彼らに仕事を斡旋するルイーダの酒場と、その元締めである世界宿屋協会だった。
調査によると、どうも協会に斡旋されて仕事をした冒険者の一部が、件の噂の出所らしいのだ。
彼らに接近するため、私は自らを冒険者として協会に登録し、内情を探ることにした。一人では怪しまれると思い、魔法戦士団とは無関係のリルリラにも協力を仰ぐ。
宿屋協会には奇妙な伝説がある。
傷ついて地上に落ちた天使が小さな宿屋の娘に助けられ、恩返しとしてその宿屋の呼び込みの仕事をした、という話だ。
天使は世界の壁すらも乗り越えて様々な客を迎え入れ、その宿は世界一の宿屋と呼ばれるようになったとか。
よくあるおとぎ話の類だろうと高をくくっていたが……
「ひょっとすると何か意味のある話なのかもしれんな」
私は同道する冒険者にさりげなくその話を持ち出して探りを入れてみた。
そして空振りと徒労を繰り返し、根気強く調査を続け、ついに「天使から仕事を受けた」と自称する冒険者までたどり着いたのだが……
迂闊というべきだろう。
協会も私の動きを察知していた。
そして私が彼らのまいた餌に飛びついた時、細くたおやかな指が、私の肩を叩いたのである。
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その女性は、私の背後で、自動人形のように美しく完璧な仕草で慇懃に一礼した。
「初めまして。わたくしは世界宿屋協会のゼネラルマネージャを務めております、ロクサーヌと申します」
私もリルリラも、振り返ることができなかった。にも拘わらず、ロクサーヌが完璧な微笑みを浮かべるのが分かった。
「我々の秘密をここまで探った調査能力、さすがはヴェリナード魔法戦士団所属の密偵、ミラージュ様ですわ」
彼女が何かの合図を送る。物音。緊張。
「下手に隠そうとしても無駄でしょうから……あなた様にはむしろ。こちら側に来ていただきましょう」
私の背後から、有無を言わさぬ迫力が押し寄せる。
「しばらくご不便をおかけしますが……ご容赦を」
一瞬のめまい。そして。
気が付いた時、私は眼下に広がる雲の海を眺めていた。
振り返るとロクサーヌの姿はなく、一人のコンシェルジュが型通りに一礼し、微笑んだ。
「天星郷フォーリオンへようこそ。ミラージュ様、リルリラ様」
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こうして、天使の国における私の冒険が始まった。
(続く)