空中庭園を貫く陽光が、樹々を神々しく輝かせる。だがその輝きが我々を祝福するものかどうか、今はまだわからない。
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私はナナロからさらにいくつかの説明を受けていた。
ここまでですでに、報告書十数ページに相当する情報が私の脳に刻まれていたが……
「……まだ肝心なことを聞いてないな」
と、私は彼女に問いかけた。
「つまるところ、君らと天使はどういう関係なんだ?」
「……とても良好な関係を築かせていただいております」
ナナロは明らかに直接的な回答を避けたようだった。
「英雄たちは生き返ったのか? 試練とは?」
彼女は丁寧に一礼した。説明拒否。私はため息をついた。
「ヴェリナード本国への報告は、許可されないんだろうな」
コンシェルジュは軽く笑みを浮かべた。肯定を意味する。
「……その割に地上に噂話が出回っているようだが?」
「人の口に戸は立てられぬもの。もっとも……」
と、彼女はそこで少し言葉を区切って言った。
「規約違反者にはペナルティを課すことになっておりますが」
「天罰が下るわけだ」
彼女は穏やかな微笑みと共にお辞儀した。リルリラが両手を頬に当てた。
「最後に、これだけは答えてもらう。我々の処遇は?」
「しばらくここに滞在していただきます」
「監視付きの軟禁といったところか?」
私はあえてトゲのある表現をした。コンシェルジュは再び笑みを浮かべた。
「わたくしどものお手伝いをお願いしたい、ということですよ」
「否定はしないんだな」
「嘘も申しません」
「二人ともか?」
「はい」
彼女は小脇に抱えた書類を数枚めくり、いくつかの署名を示した。ロクサーヌの他は知らない名前だ。ミトラー、という名前が最も目立つ。どうやら形の上では正式に宿屋協会のスタッフとして招き入れられたことになるようだ。
だが少なくとも彼らの代表、あのロクサーヌが許可するまでの間は下界に戻ることは許されない。それが数日なのか数か月なのか、それとも何年も先なのか……
「まさか一生とは言うまいな?」
「たとえそうなったとしても、好奇心の代償にしては格安かと」
そう微笑むコンシェルジュの目元は少しも笑っていなかった。
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「とはいえ、今回はそう長くないはずです。英雄たちの"試練"がつつがなく終われば、天星郷での仕事も終わりでしょうから」
それまでの間、邪魔をしなければ良い、というわけだ。組織のトップシークレットを探った密偵への処置としては確かに寛大な部類だが……
「その後で私が本国に報告をしたら?」
「証拠は残りません」
さらりと言ってのける。いくらでも揉み消せる、という自信の表れだ。
「私がヴェリナードに戻れないと、騒ぎになると思うが……?」
「ご心配なく」
ナナロはただそれだけを言って頭を下げるのだった。
私は大きく息を吐いた。これ以上の質疑応答は無意味だろう。ゆっくりと息を吸う。天星郷の空気は美しく、肺に吸い込まれる風は穏やかだったが、胸の内に渦巻くものは決して穏やかではなかった。
私は努めて冷静さを保ちつつ、状況を整理した。腰には剣。故国は遠く、隣にリルリラ。空は青く、雲は白く、天使はなお白く、ナナロの顔には灰色の微笑。風は凪ぎ、雲は動かず。
「……了解した。こちらも事を荒立てるつもりは無い」
ナナロが満足げに頷こうとするのを遮って私は言った。
「ただし、万が一でも、天使たちが地上に……ヴェリナードに害をなすならば」
と、あえて声を張り上げる。彼女の向こう側で聞き耳を立てている天使たちに届くように。
「……その時はヴェリナードの魔法戦士として、全力で対処させてもらう」
「心得ております」
ナナロは慇懃に一礼した。
「それと、私の連れにも、だ!」
コンシェルジュがもう一度頭を下げる。リルリラは私を見上げて、何事か呟くのだった。
* * *
こうして、私とリルリラは宿屋協会のスタッフとして、天星郷で働くことになった。
一応、目立たないよう天使の仮装もしてみたのだが、のちにあまり意味がないとわかった。
コンシェルジュを初めとした協会スタッフはごく当たり前のように天使たちに翼のない姿をさらしているのだ。
どうやら見て見ぬふりをする密約が結ばれているようだ。
「最初に言ってくれれば良かったのに」
私は仮装用の翼を外しながらナナロに抗議したが、
「ご質問がありませんでしたので」
と、ナナロは初めて意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。
「いいじゃない。この羽根気に入ったし」
リルリラは衣装を着こなしつつ、けらけらと笑うのだった。