立ちふさがる、無限とも思える"敵"の群れ。私の手には剣の代わりに一振りのペン。
私は途方に暮れていた。
「あと1000本ですね」
ドワーフが非情の宣告。私は恨めしげな視線を彼女に投げかけ、ため息をついた。
私の前に並べられたのは恐ろしい魔物でも凶悪な犯罪者でもなく、無数のハチマキ。そう、頭に巻くあの布だ。
私は重い腕を振り上げてそこに「決意」と書き記す。
あと999本。
「ナナロ。一つ質問なのだが」
「なんでしょう」
ドワーフは答えた。
「これは拷問の一種と捉えてよいのだろうか?」
「仕事です」
コンシェルジュは取り付く島もなかった。
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私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士である。
だがひょんなことからこの天星郷フォーリオンへと連れ去られ、世界宿屋協会のスタッフとして働くこととなった。
天使たちが空を舞い、歴史上の英雄が闊歩する未知の世界で、どんな任務が待っているのかと身構えていたのだが……
「何の意味があるんだ!」
私はペンを投げ出さんばかりに振り上げて喚いた。
「英雄たちの試練に使うそうですよ」
ナナロは布帯を丁寧に折りたたんだ。決意のハチマキ。着用することで意思が強くなるスグレモノ。定価15000ゴールドなり。暴利だ。
「インチキ商品の類にしか見えんのだが」
「神都直送、霊験あらたかです」
「私が書いてる時点で霊験のカケラもないだろう!」
「あとで天使様が霊力を込めますので」
ナナロは書き終えたハチマキを整理して納品用の箱に詰め込んだ。
詳細は不明だが、こうやって作られた魔法の品を売りさばくのも、英雄たちに課せられる試練の一環らしい。
「一体どういう試練なんだ……?」
「トップシークレットです。私も知りません」
ナナロは首を振った。私はため息をついた。
フォーリオンに来てからというものの、私はこうした雑用ばかりをやらされている。
大半は試練に使うらしき各種物資の準備や搬送。相棒のリルリラは酒場の店員として配膳や接客を担当しているようだ。
「天の国でも、裏方の雑用係がいなければ仕事が回らないのは同じらしいな」
「ですので、わたくしどもがいるわけです」
コンシェルジュは少し胸を張ったようだった。私は二度目のため息。どうせなら、もう少し張り合いのある仕事をお願いしたいものだ。
結局、全てのハチマキに「決意」を書き終えたのは夕刻になってからのことだった。
終わるや否や
「では、納品もお願いします」
と、箱を渡される。
「人使いが荒いな」
と、私は肩をすくめるが……
実を言えば、この時を待っていた。
この数巡り、私とて無為に雑用をこなしていたわけではない。
物資の運送をすれば街を歩くことになるし、受取先の天使とは一つ、二つの会話もする。
自然、神都の事情も少しずつ呑み込めてくる。試練や英雄、天使たちの暮らし。私にとってこの時間こそが、情報収集の絶好の機会というわけだ。
今回の納品先は天使コルテージュ。宛先用のメモ書きには、審判の天使クリュトスに仕える天務室所属の天使……とある。
「また天務室か」
「多いよね」
私とリルリラは頷きあった。エルフに見送られ、宿舎を出る。夕映えに染まった空は、少し疲れた顔をしていた。