壮観、と言うべきかどうか。
コルテージュ氏の依頼で聖天区画を訪れた私の前に、三つの塔がそびえたつ。
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正面から見れば、円柱を多用した神殿を思わせる建築物。だがひとたび頭上を見上げれば、場違いなほど無機質な威圧感を誇る巨大なモノリスがそこにある。
ここが天星郷の中枢。神都の行政機関にあたる聖天舎は、意外にも中央の巨塔ではなく、西側の頭一つ低い建物の方だそうだ。
つまり、あの中央塔が司るものは天使以上の何か、ということになるが……
「おい、お前!」
と、若い男の声がした。もっとも、その背に生えた翼を見れば、彼が本当に若いかどうかはわからないが。天界の衛士。聖天区画の門番だ。
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彼は険しい表情で私を問い詰めた。敵意がある。
「こんなところで何をしている!」
「配達人です」
私は依頼票を示した。だが彼は苛立ちを隠そうともせず、手に持つ槍を石畳に打ち付けた。
「俺が言ってるのはそんなことじゃあない! お前、現代のアストルティア人だろうが!」
フム……? 私は一瞬怪訝に思ったが、とりあえず素直に引き下がった。
そして然るべき準備を整え、再び彼の元に舞い戻った。
「どうも、天使です」
「イヤおかしいだろ!」
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兵士は怒鳴り散らした。虚仮にされたとでも思ったのだろうか。私は赤い翼に目をやった。悪くない仮装だと思うのだが。
「どうしたピュトス」
と、騒ぎを聞きつけた他の天使達が集まってきた。面倒なことになってしまったか?
「失礼、話は通っているものとばかり」
私は彼らにも見えるように依頼票と宿屋協会の身分証を提示した。そっぽを向く兵士ピュトスに代わって同僚の天使がそれを確認する。
「本物らしいな。通してやったらどうだ?」
「何を言う!」
ピュトスは声を荒げた。
「大体俺は納得してなかったんだ! 協会だの何だのといっても奴等は現代の地上人……要するに、大魔王の手下だぞ!」
天使の何名かはその一言で、私から距離を取った。トゲのある視線が突き刺さる。私は帽子を目深にかぶり、静かにため息をついた。
ピュトスは槍を震わせ、大音声で言い放つ。
「神都をうろつくのは百歩譲って許せても、聖天舎まで立ち入ることは許さん! 立ち去れ!」
私は帽子の下から天使たちの様子を窺っていた。彼の言葉に同調の気配を見せたのが3割、戸惑うばかりなのが6割、残り1割は私と同じくため息をついていた。
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フォーリオンに集められた英雄の中には、過去の英雄だけでなく現代の英雄もいるという話はナナロから聞いていた。その人物が、大魔王の異名で呼ばれていることも。
そしてそのことに不満を持つ天使がいるらしいことも、街を覆う空気からなんとなく察してはいた。
現代を代表する英雄が大魔王なら、現代の地上人は全て大魔王の手下……という理屈は、事情を知る者からすれば短絡的すぎて笑ってしまうような話だが、字面の上では成程、正しいように見える。遠く離れた空の上に住む天使が多少の誤解をするのもやむ無しだろう。
だが……
「その大魔王を英雄として天に招いたのは、天使の方では?」
私は当然の疑問を口にした。
当然、その功績や人格を認められてのことのはずだ。
請われて出向いたにも拘らず白い目で見られるのでは、英雄殿もたまったものではないだろう。
「星導課の審査が間違ってるんだ!」
ピュトスは喚いた。上層部批判とは穏やかではない。周囲の天使もさすがに彼を窘めた。だが彼はますますいきり立った。
「お前らも知ってるだろう! あの大魔王の所業ゆえに、我らが盟主ルティアナ様が……身まかられたのだぞ!」
全ての天使が俯いた。ピュトスは怒りに震えたままだった。
一人、首をかしげるのが私である。どうもおかしい。
確かに女神ルティアナは異界神との戦いの中でその命を燃やし尽くしたと聞く。女神を崇める天使達がそれを嘆くのは当然のことだ。
だが大魔王の所業が女神の死因だ、などという話は初耳だ。
何より……今も耳に残る、あの美しい声。
『聞け、アストルティアの子らよ』
異神との決戦の際、女神ルティアナは最後の力を振り絞り、生きとし生きる全ての民へと語りかけた。かの者と共に立て。そして滅びに抗えと。
その声を聞けば、女神と大魔王の間に確かな信頼関係があったことは、疑いようもないはずなのだ。
にもかかわらず、このピュトスは女神の入滅と大魔王を結びつけて、このように喚き散らかしている。
ひょっとすると……
「あなた方は、女神の言葉を聞いていなかったのですか?」
私はつい、口に出していた。
ピュトスは激昂した。