
「植物こそ、このフォーリオンで最も美しく愛おしい生き物だ! そう思わないか、ミラージュ君」
天使プランテスは浮遊プランターを見上げ、両手を広げた。新緑の青葉は入念なカットにより慎ましく整えられ、聖天舎の厳粛な空気と完全に調和していた。
私はそれを見上げ、次に天使プランテスを見た。彼女はこのフォーリオンの庭師であり、空中庭園の管理人である。

試練で採取されたエネルギーを彼女に届けるという私の仕事はあっさりと終わった。そのまま立ち去るのが正しい配達人の取るべき行動なのだろうが、私が一言、彼女が手入れしている花壇をほめた途端、彼女の演説が始まってしまった。かくして私はまた一つ、情報源を手に入れた。
「地上でもそうですが、放っておくと伸び放題で建物が廃墟のようになりますからな……大変でしょう」
軽く相槌を打つと、彼女は大きく頷き、更に言葉を続けた。
「それだけじゃないぞ! 植物同士に相性もあるし土も使う肥料も正しく組み合わせないと毒性を持ったりする! 下手な庭師に任せたらフォーリオン全体が毒の都になるかもな!」
天使は胸を張る。職業意識と自負心。この辺りは我々地上人とそう変わらない。私は植物と天使を等しく観察しながら成程、と頷いた。
「危険もあるわけですな……それでもなお、愛おしい、と」
「ああ」
彼女は青々とした葉の一房を優しくなでた。
「彼らが毒性を持つなら、それは彼らに対する無理解が原因だ。彼ら自身に悪意も敵意もない。正しく接すれば正しく応えてくれる。理想の生き物じゃないか」
そう語る彼女の声には、どこか枯れた印象があった。私は思い切って踏み込んでみた。
「……それは天使よりも?」
プランテスは毒っ気ある笑みを浮かべた。
「植物には偏見も思い込みもない。正しい手続きを個人的な思い込みで却下したりもしないだろ?」
どうやら門番との諍いは知っているようだ。私は恭しく一礼した。
「その話なら、あたしも聞いてるよ。守衛が失礼をしたそうだね」
と、背後から話しかけてきたのは別の天使だった。精悍な顔つき、引き締まった筋肉。一見して軍人の類だとわかる。
「戦務室のハルルートだ」
と彼女は名乗った。

「最近、あんな風に地上人を悪く言う天使が増えてね……昔はもう少しマシだったんだが」
「なにぶん、我々は異邦人……多少の摩擦は無理もないかと」
私はあえて一歩引いた。ハルルートはその態度を潔しと見たらしく表情を和らげた。
「我々は天空の兵士として日々腕を磨いている。だからわかる。英雄たちの戦技は見事なもんだ。それを受け継いで研鑽してきた現代の地上人の技もね」
どうやら彼女は地上人に対して好意的な意見を持っているらしい。
「人の寿命は短い。そのわずかな生の間に、天使以上の技を身に着ける……並大抵の努力じゃない。それを知れば、むやみに見下すような態度は取れないだろうにさ」
彼女はため息と共に肩をすくめた。
「努力を怠る者ほど他者を悪く言いたがるのは、天使も地上人も同じらしいね」
私は彼女の物言いにやや安堵した。こういう天使もいるのだと。
「あんたも腕には覚えがあるようだけど?」
と、ハルルートは値踏みするように私を見上げた。私は軽く微笑み、それをかわす。
「宿屋協会では護身術も教えておりますので」
「おいおい、地上の宿屋というのはそんなに物騒な場所なのかい?」
「物騒な場所にしないための武術かと」
納得したのかどうか、ハルルートはとりあえず頷いた。
一方、プランテスは私が渡した件の袋の中身をあらため終わったらしく、満足げに頷いた。
「良質な願いのオーラが育ってる。これなら転生の園でも使えそうだ」
「転生の園?」
私は彼女の方に向き直った。
「ああ。天使の命を司る誕生の間だよ。天使はそこで生まれ、そこに還る。花が土から芽吹き、土に還るように」

「……もののたとえですかな。宗教的な……」
「いや事実さ。天使はあの先にある転生の園で生まれるんだ」
プランテスは奥の扉を指さした。番兵に守護され、固く閉ざされている。
「ではご両親は……?」
「いないよ。家族もない。我々天使から見ると、地上のそういう文化の方が奇妙に見えるくらいさ」
なあ、とプランテスはハルルートに目線をやり、女戦士も頷いた。
「では、子供の面倒や教育は?」
「フォーリオン全体でやる。そういう天務に就く専門の天使もいるし、特に問題は起きてないよ」
「ふむ……」
私は顎に手をやった。言うなれば天界全体が一つの家族……あるいは森と木の関係とでも言うべきか。
「いい例えじゃないか。そう、フォーリオンは森なんだ!」
植物に例えたのが彼女のお気に召したらしい。プランテスは上機嫌だった。