「しかし地上人はやけに家族というものにこだわるのだな」
と、ハルルートは首をかしげた。プランテスも頷き、言葉を続ける。
「君にも家族がいるのか?」
「私は孤児院の出ですので……村の全員が家族のようなものです」
「なんだ。だったら我々と同じじゃあないか」
天使はあっけらかんと笑った。私の胸に重いものが降り注いだ。
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私だって幼い頃には、それなりの葛藤があった。誰もがそうだ。だからこそ孤児院の仲間達は肩を組み、胸を張ったのだ。
我らは兄弟。我らは家族。俺達は可哀そうな子供達なんかじゃあないと。
その強がりが、子供達のプライドだった。
かつて一度だけ、同郷のヒューザが愚痴を零したことがある。両親に愛されて育つオーディス王子を見て、自分とは違う、と。
私はヒューザを殴り飛ばした。その弱音が許せなかった。彼も殴り返してきた。互いに痛みが残った。
……王家の客人として招かれていたヒューザを殴ったことで、私は配置換えを言い渡されたりと、まあ色々あったのだが……
ともかく、天使の感覚は、我々のそれとは大分違う。
この隔たりは、天と地の距離よりも大きいかもしれなかった。
*
その後ハルルートは戦務室に戻り、プランテスは転生の園へと向かった。私の配達任務はこれにて終了。
だが協会員としての日々はまだまだ続く。
そして依頼のたびに私は別の天使と顔を合わせ、ちょっとした会話を元に天界の情報を収集していったのである。
特に、フォーリオン下層にあるアストルティア資料館に配達に行った際には、異様なまでの歓待を受けた。
「ついに地上人のサンプルが手に入ったぞ!」
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歓声が上がる。資料館に務める天使達は、その名の通り地上の調査研究を行うのが仕事だ。
私に集まる視線は、どう見てもモルモットを見る実験者のそれなのだが……私も人のことは言えない。私もまた胸の内でほくそえんでいたのだから。
天使のサンプルが手に入ったぞ、と……
私は彼らの研究に無償で協力してやった。天使曰く、人には優しく。そして情けは人のためならず。
ウェディの潜水能力を知りたい、と衆人環視の前で泳がされた時にはさすがに気恥ずかしかったが……
「文献や星導課の報告だけでは研究が進まなくてね。ようやくやりたかった実験ができた!」
「お役に立てて何よりです」
濡れた前髪を拭きながら、私は笑顔を取り繕うのだった。
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「もし資料を拝見させていただければ、あなた方の研究成果と実際のアストルティアの様子を比較検討できますが?」
「おお、是非頼むよ!」
学者たちの無邪気さは、どこの世界でも変わらないらしい。
後日、私はリルリラを伴って資料室へと赴いた。
「こっちは星導課の資料の写しで、あっちが我々の研究成果だな」
と、天使ペイルスは我々を案内し、研究に没頭したいから、と自室に引きこもってしまった。おかげで我々は好きに文献をあさることができた。
地上の各種族についても記述がある。ウェディは「享楽的」、ドワーフは「強欲」、プクリポは「支離滅裂」……。
概ねの所は正確だがどうにも表層的だ。そして妙に見下したような記述が目立つのは気のせいか?
「文字通り、上から目線だね」
リルリラは窓の外に浮かぶ雲を眺めながら呟くのだった。
私はページをめくる。次は人間族に対する論評だ。要約すると……
『天使を元に作られた種族。翼をもたない以外、これといった特徴は無し』
……確かに天使と人間族はよく似ているが、天使を元に作られたというのは本当だろうか?
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「人間に生まれ変わった天使の話もあるよね」
リルリラが言う。星空の守り人伝説。人口に膾炙した英雄物語の一つである。
「歴史上の英雄をみんな集めるって言うならさ。天使の英雄も連れてくればいいのにね」
「伝説と歴史は違うぞ」
とはいえ……言われてみれば天使の英雄という発想は無かった。
「そもそも、試練って何なんだろうねえ」
エルフは文献をあさりながら頬杖をついた。私も首を捻る。
試練の様子については噂話の形で断片的な情報が入ってくるが、目的については箝口令が敷かれているらしく上手く情報を得られない。
「なんかね。英雄さん自身にも秘密なんだってさ」
「それじゃ、英雄はどういう気持ちで試練を受けてるんだ?」
「んーー」
リルリラは首を傾げる。
「頼まれたから何となくやってるとか!」
「そんな主体性のない英雄があるか!」
「そう? 英雄って割とそんな感じじゃない?」
「……そうではあるが」
平凡な若者がありとあらゆる頼みごとを聞き続けた結果、世界を救う大英雄になった……そんな物語は珍しくない。
もしや英雄とは、究極のお人好し集団なのでは……
私はまたも首を捻るのだった。