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調査は続く。
私は星導課がまとめたという地上の……とりわけ、英雄に関する資料に目を移した。
私でも知っているような有名人の名前がずらずらと現れる。勇者アルヴァン、オルセコのギルガラン王……天使達は彼らの業績を評価しつつも、わずかな失態や天使の価値観にそぐわない行動を厳しく咎め、英雄失格の烙印を押している。……何様のつもりかという気がしないでもない。
一方で、二代目時の王者ことエルトナの英雄ハクオウについては、災厄の王に敗れ世界を守れなかったにも関わらず、英雄と認め天に引き上げている。どういう基準だろうか。
私は次のページをめくり……再び見知った名前を見つけ出した。
ツスクルの巫女ヒメア。
世界樹の守護者にして、学び舎の長として数々の名士を育て上げたエルトナ大陸の長老。確かに英雄と呼ぶにふさわしい功績だ。
だが……。
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「どうしたの?」
エルフのリルリラが覗き込む。私は即座にページを閉じた。
「いや、特にこれといった情報は無いな」
私はそのノートを本棚の一番上に……決してエルフの手の届かない場所に戻すと、他の資料をあさり始めた。
そのページに書かれていたのは、巫女ヒメアのいくつかの過ちを口汚く罵る記述だった。無関係な私でさえ苛立ちを抱いたほどである。ツスクル育ちでヒメア様を慕うリルリラに見せてよいものではない。
「ところで、リルリラは最近何をしてるんだ?」
私は急いで話題を変えた。彼女は……何か感づいたかもしれないが、少し考えた後、にっこりと笑ってこう言った。
「こないだね、天使のお茶会にお呼ばれしちゃった!」
「は?」
私は呆気にとられた。
エルフ曰く……彼女は酒場で店員として働きつつ、街を行く天使達にも無料で菓子や飲み物をサービスしていたそうなのだ。
天使は食べる必要はないが、食べること自体はできるし味もわかる。地上の味付けは珍味として重宝されているらしい。
「で、何人かとお友達になってね」
彼女がエルトナ流の茶を点てられると知ると、天使たちは喜んで招待状をプレゼントしてくれた、というわけだ。
場所は聖天舎の休憩室……私が依頼にかこつけてやっと入ることのできた聖天区画に、彼女はお呼ばれしていたのである。
「ミレリーさんは地上のことに凄く詳しかったし、フェディーラ様はお料理上手で人気者なんだよ」
私は天を仰いだ。フェディーラ……確か"審判の天使"の一人である。
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どうやら私がチマチマと情報を探っている裏で、彼女は重要人物とのコネクションをあっさりと形成していたらしい。
「今度紹介しようか」
けろりとしてそう言う。
この娘は私などより余程、密偵向きなのではないかと時折思う。
「ぜひ頼みたいが……いいのか?」
「別に女子会ってわけじゃないし、いいんじゃない?」
「……そういえば、天使にも性別があるんだな」
私は天使プランテスから聞いた話を思い出していた。
彼らは転生の園で生まれ、家族も両親も持たない。
にも拘わらず、明確に男と女に分かれて生まれてくる。
よくよく考えてみれば不可解な話だ。
食事に関する話だってそうである。食べる必要がないのに、何故食べることのできる肉体を持っている?
人は食べることで栄養を摂取するし、子を産み育てることで繫栄する。だからそのための機能を備えている。合理的だ。
これに比べて、天使の非合理性ときたら……
私は先ほどの種族評に視線を戻した。
人間は天使を模して作られたと彼らは言う。確かに両者はよく似ている。
だが、あるいは……
天使こそ、人間を模して造られた生物なのではないか。
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だからこそ必要もないのに人間と同じように性別があり、食事もできる。不自然な生態の答えは、そこにあるのでは……。
そして異界神との決戦の時、世界に響いた女神の声。
『聞け、アストルティアの民よ』
天使はアストルティアの民ではない。だからこの声を聞いていなかった可能性がある。
女神にとって、天使とは何だったのか。女神ルティアナは、本当に天使たちの盟主だったのか……?
「おーい、何かわかったかね?」
天使ペイルスが研究室から戻ってきた。そろそろ時間だ。
「ええ、大変素晴らしい資料ばかりで、私も勉強になりましたよ」
私は彼らの資料を称賛し、現代のアストルティア文化との相違点を軽く指摘したメモを手渡した。まあ毒にも薬にもなるまい。
私自身の天使に対する考察は……口に出すべきではないだろう。
「それにしても、そろそろ町の外にも出てみたいよね」
と、宿に戻ったリルリラが言い出した。確かに神都の外の景色にも興味がある。
そしてその機会が訪れるのは、それほど先のことではなかったのだ。