"籠の中の鳥"とは、不自由な境遇の人物を例えた言葉である。
一方、私の目の前で飛び回る鳥は、体自体がカゴでできていた。
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空っぽの鳥かごに翼と脚が生え、くちばしを広げてけたたましく鳴く。
ふらふらと飛び回っているところを見るとどうやら自由らしいが、中身は空っぽである。
深い……ような気がするが、きっと気のせいだろう。
私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士だが、今はわけあって宿屋協会のスタッフとして、ここ天星郷フォーリオンで活動している。
しばらく神都での雑用や配達といった任務に従事していた私だが、最近はこうして街の外に出る機会も増えてきた。
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夜空の青と木々の緑が星の光に照らされて煌々と輝く。夜風は濡れた空気を運び、ホワイトパンサーは静かに草を踏みしめる。鼻腔をくすぐる香りは芳醇だが、雑味がなく清涼だ。それが心地よく、また……不自然でもあった。
私は肩口に触れた木の葉をひとひら、手に取った。造花ではない。だが手触りにはザラついた野性の手触りが欠片もなく、どこまでも滑らかで、清潔であった。
「造られた景色、だな」
「そう思うからそう見えるんじゃない?」
私はエルフのリルリラと言葉を交わした。
輝く緑が頭上を覆い、数々の野生動物が闊歩するこの密林は、深翠の試練場と呼ばれている。
天使たちが歴史上の英雄を呼び寄せ、試練を与えるために作り出したフィールドだ。天星郷にあるのは、彼らの拠点である神都を除けば、こうした人工の疑似自然区だけだった。
木陰に潜むモンスター達も、試練のために天使たちが下界から調達した"役者"である。特殊な調教が施されているらしく、我々を見ても襲ってはこない。
おかげで道行きは順調だった。少々退屈でもある。せいぜいの暇つぶしが珍しいモンスターの観察だ。ちなみに先の鳥かごはカラポッポといって、まだ発見されて間もない珍種である。
「ま、松明いらずというのは助かるが」
私は空を見上げた。明るい夜空だ。
密林の背後に、宙に浮かぶ別の試練場が見える。試練場を覆う光の障壁は人工の満月となって夜景を照らす。この密林が夜なお美しく輝くのは、そういう仕組みである。
「ほら、あそこ!」
と、リルリラが木の枝を指さす。どうやら目当てのものにたどり着いたようだ。
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巨大なハチの巣から、甘い香りを放つ液体がトロリと零れ落ちる。夜の光に照らされたそれは黄金色に輝き、金の雫となって深翠の緑野を彩った。
キラービーが遠巻きに我々を見守る。調教済みのはずだが……刺激するのは避けるべきだろう。私はそっと巣に近づき、必要な量のハチミツだけを採取すると静かにその場を立ち去った。
巣のとなりにいた、やけに大きなクワガタムシも気にかかったが……試練場の生態系を乱さないようにと厳命を受けている。少年時代に戻って虫網を振り回すのは、やめておこう。
「これにて任務達成~」
リルリラは採取ビンに踊る黄金の液体にご満悦だ。
「まだ半分だが、な」
私は依頼人の顔を思い浮かべながらそう言った。
そもそもの発端は、リルリラが個人的に知り合った天使ネリメルからの頼み事である。
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「フェディーラ様の作った料理が、どうしても忘れられないんです!」
と、彼女は言った。フェディーラは天界随一の料理人として知られる女天使だが、英雄たちの試練を監督する身で、持ち場を離れられない。そこでお使いに、というわけだ。
本人としては何ということもない頼み事だったのだろうが、私にとっては謎に満ちた試練場に立ち入る絶好の機会だった。さらに試練を司る天使フェディーラにお目通りするチャンスでもある。
「我々にお任せを」
一も二もなく引き受けた。
そして現地。原料を切らしていた天使フェディーラからハチミツの調達を依頼され、今に至る、というわけである。