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エルフの英雄ハクオウは、二代目時の王者として知られる。あの災厄の王にただ一人で立ち向かい、そして敗北した男である。
世告げの姫たちはこの失敗を教訓として8人の王者を集め、同盟を組んで戦うという戦術を編み出した。そこからは我々もよく知る話だが……
以前抱いた疑問が蘇る。勇者アルヴァンをはじめ、世界を救ってもなお「その資質、天に至らず」と烙印を押される者も多い中、何故世界を救えなかったハクオウが英雄として選ばれたのだろう。
私は思い切ってそのことを話題にあげてみた。
さすがにフェディーラも簡単には口を滑らさなかったが、ただ一言……
「もし勇者アルヴァンがエルフ族だったなら、話は違ったかもしれません」
と、そう言った。
フム、と私は思案した。
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始祖リナーシェはウェディ。剣士ハクオウはエルフで、プクリポの英雄フォステイルにオーガのラダ・ガート。ドワチャッカの三闘士は当然ドワーフだ。
これに人間族の勇者アシュレイと盟友レオーネ、そして魔族代表の大魔王を加えて英雄揃い踏みとなる。
つまり各種族から英雄が選ばれた形だ。竜族がいないのは気になるが、歴史的経緯を鑑みるにやむなしだろう。
何故、各種族から選ぶ必要があったのか……さすがにそこまで問いただす権利は私にはない。何しろ私はただ、料理を受け取りに来た使い番に過ぎないのだから。
ただ、英雄たちの選別、そして試練は無差別ではなく、何らかの思惑が働いている……ということだけは確かなようである。
さて、天使たちのさえずりは、ハクオウの受けた試練の中身へと踏み込んでいった。
タマゴから生まれた神獣とハクオウに魔の手が迫る。神獣の身を案ずるあまり戦いから遠ざけ一人で戦おうとしたハクオウは、一度は試練から脱落しかけたという。
「幼子を危険から遠ざけようと思うのは、親の気持ちとして間違っているとは思いませんが……」
「そうですね」
フェディーラもそれは否定しなかった。
「でもこれは、英雄ハクオウが、己を乗り越えるための試練なのです。過去の過ちと向き合い、より高みに昇る為の」
「より高みに……」
子の冒険を見守るのも親の務め、と彼女は言った。
親子の概念を持たぬ天使が、どんな気持ちでその台詞を口にしているのか……私は興味を抱いたが、さすがに問いかけることはできなかった。
やがて食事会もお開きとなり、我々はフェディーラら試練の天使たちに丁重に頭を下げて試練場を後にした。
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ここからは後日談だ。
我々は天使ネルメル料理を届け、これにて一件落着、のはずだったのだが……
料理と共に森の食事会の話を受け取ったネリメルは、なんと、ポロポロと涙をこぼし泣き出してしまったのだ。
「美味しい……美味しいけど寂しいです……私もフェディーラ様とお食事したかった……!」
曰く、フェディーラはネリメルにとって母のような存在だったそうだ。
「やっと気づきました。本当に好きだったのは料理じゃなくて、フェディーラ様と一緒に料理を食べる時間だったんです……」
リルリラは、大慌てでフェディーラの元に引き返すと次の食事会の約束を取り付けた。
一方、私は……これまで接してきた天使たちの顔を思い出していた。
天使には家族という概念がない。食事を楽しむという考えすら最近まで存在しなかった。
だが、一度入り込んだ文化は急速に根付き、広まりつつある。他ならぬ地上の……彼らが見下ろし、管理すべき人類の文化が。
それは天の世界に、不可逆な変化をもたらすだろうか?
フォーリオン外郭に、風が吹いていた。
そしてこの風はいずれ、より強く鮮烈に、吹き荒れることになるのである。