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黄金。その輝きが私の瞳をまばゆく照らす。ジャラリと崩れるコインの音が、女神の玉声より甘く耳をとろけさせる。高くそびえ立つゴールドの山、山、山……。
その煌めきを背に、天使コルテージュはこう言った。
「天使にはお金なんて必要ありませんから、こんなものあっても、ぶっちゃけ邪魔なだけなんですよね」
ため息交じりにコインを弄ぶ。さっさと処分しなきゃ、とも。
……一度は言ってみたい台詞である。
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私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士だが、今はわけあって宿屋協会のスタッフとして、天使の都フォーリオンで働いている。
今回の依頼主は、以前も仕事をくれた天使コルテージュ。英雄たちへの試練を取り仕切る審判の天使、クリュトスの部下である。
クリュトスの試練は英雄に商売をやらせ、それを通して資質を見極めるという奇抜なものなのだが……副産物として、大量のゴールドが集まることになる。
そのゴールドが、問題だった。
「私たちにくれればいいのにね」
エルフのリルリラが言った。概ね同感だが処分の方法は既に決定済みで、とある"伝統的な手法"を用いるらしい。
「そこであなた方には、お使いをお願いしたいんですよ」
コルテーシュは言った。目的地は彼女の上司が管理する黄金の試練場西部、ファボル鉱山。そこで採れる"神鉱石"なる鉱物を持ってこいというわけだ。
一体何に使うのか、好奇心から尋ねてみたが、天使は首を横に振った。
「私は教えてもいいと思うんですけど、地上の人にあんまり話すなって周りがうるさくて……」
「……お察しいたします」
私は一礼した。
大魔王絡みの問題もあり、天界における地上への偏見は根強い。コンシェルジュのナナロも、依頼数に対してリピーター率が高すぎるのが問題、と言っていた。つまり新規顧客を獲得できていない。
試練場に入る許可が出ただけでも、幸運と考えるべきだろう。
「試練の邪魔には、ならないようにしてくださいね」
コルテージュは釘を刺した。
「ならば混乱を招かぬよう、クリュトス殿に一言ご挨拶を差し上げた方がよろしいでしょうね」
渡りに船とばかりに、私は言った。
これで私は試練場への入場のみならず、審判の天使にお目通りする大義名分をも手に入れたわけだ。
無論、邪魔などするつもりはない。
だが挨拶の際に偶然、英雄がそこにいたとして、だ。
……私がそちらをこっそり覗き込んでも、邪魔にはならないだろう?
リルリラが肩をすくめる。コルテーシュは首を傾げていた。
*
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天使クリュトスはエルフ族によく似た、短身痩躯の天使だった。
地位に奢らぬ人当たりの良い口調が特徴的だったが、その裏には、確固たる自信が見え隠れする。エリートというのは本当らしい。
だが何より我々を驚かせたのは、この神殿の内装だった。
いや、神殿と呼んでよいものかどうか。
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商業的な統一感と清潔感にあふれたフロア。奥には帳簿とカウンター。金庫もある。
棚に並んだのは香水にファッショングッズ。まくらに人形、ぬいぐるみ。別の棚には薬からドリンク、調味料まで種々雑多。
私が以前の依頼で納品した決意のハチマキも並んでいる。さながら総合商会のアンテナショップだ。
これが試練の舞台だというから天使クリュトスというの相当に先進的な人物に違いない。
クリュトスはここで英雄たちに商売をやらせ、資質を見極めるという。かなり興味深い光景だが……残念ながら英雄たちは不在だった。
挨拶だけして神殿を退去しようとした我々をクリュトスは呼び止めてこう言った。
「良かったら帰りにも寄って、試練場の出来について感想を貰えますか? 地上人の意見を聞いてみたかったんですよ」
その声には、手ごたえのあった試験の点数を聞く子供のような、無邪気な自信があった。
私とリルリラは、顔を見合わせた。
そして我々は黄金の試練場にて、奇妙な景色と出会うことになるのである。