もの言わぬ三つの巨塔が、天をも見下ろし、そびえ立つ。
空気はこわばり、噴水は硬質な音を振りまく。庭園を賑わす樹々でさえ、ヒリヒリと葉をとがらせるように見えた。
ここは神都フォーリオン。雲海に浮かぶ天使の都は今、異様な空気に包まれていた。
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私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士だが、今はわけあって宿屋協会のスタッフとして、このフォーリオンで働いている。
いや、働いていた、というべきか。
私はノーブルハットのつばを持ち上げると空を一瞥した。蒼天。青ざめた空で、星々が微かに瞬く。震えるように。
「伝説によれば古の天使たちは使命を果たした後、星になって世界を見守っている、というが……」
私は肩をすくめた。
「天も怯えているようだな」
傍らのドワーフに目をやる。コンシェルジュ兼、協会員の取りまとめを務めるナナロは無言のまま私の視線を受け流した。
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天使たちは過去の英雄たちの魂を呼び寄せ、"試練"と"儀式"を執り行っていた。下働きとしてその手助けをするのが宿屋協会の主な業務だった。
私はその業務に従事しつつ、魔法戦士として天使たちの動向を探っていた。試練とは、儀式とは。そして英雄とは。
いくつもの発見があった。ヴェリナードの始祖、リナーシェ様との邂逅はその最たるものだ。
だがそれも、もはや過去の話である。
あの日、轟雷と共に禍々しい光が天より飛び立ち、地へと降り注いだ。
それが何を意味するのか、フォーリオンの住民全てが理解していた。
「つまり……」
私は再び空を仰いだ。
「儀式は失敗したんだな」
「どうやらそのようです」
冷たい風が空から届く。赤雷の軌跡が今も残るかのようだった。
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*
「詳しい事情まではわかりませんが」
と前置きして、ナナロはことのいきさつを語り始めた。
英雄たちが誰一人欠けることなく、見事に試練を突破したこと。
禊を経てついに儀式が執り行われたこと。
その儀式こそが……
「神化の儀、か」
私が抱いた感情を、どう表現すべきだろう。
天使たちの目的は"神を作り出すこと"だった。
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過去の英雄達を神として天に迎え入れ、アストルティアの新たな守護神と成す。それが神化の儀。
エルフのリルリラが、さすがに首を傾げた。
「神様って、作れるんだ?」
彼女はこれでも神に仕える身である。
「作れる、と思ったようですね」
ナナロは淡々と頷いた。