宿屋協会から予想外のダメージをプレゼントされた私だが……
話を合わせつつも最低限、報告すべき事象がある。
私は「偶然出会った盟友殿から聞いた話」という建前で、天星郷の情報を提供した。試練、英雄、天使長。それに神都の構造や試練場の地理、天使たちの職務構成……
アーベルク団長がニヤリと笑った。
「妙に詳しいな?」
「……寝込んでいる間、何もしていなかったわけではありませんから」
団長はそうか、とだけ答えた。おおよそのことは伝わった、と思う。
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一方、英雄殿は私の予想をはるかに超えるスピードで調査を進めていた。
既に一度、嵐の海に乗り出し、悪神の根城たる"心域"をも探索したというのだ。
そこにあったのは英雄リナーシェの記憶……すなわち600年前のウェナ諸島と、彼女の想念を具現化した心象世界。
そこで英雄殿はウェナ建国の歴史と、それにまつわるリナーシェ様の心の闇に触れた。
どうやら儀式の失敗は、英雄たちの心の闇に付け込んだ何者かの陰謀によるものだったらしい。
事態を解決するには、その心の闇を晴らす必要があるのだが……
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「あの者は私の憎悪。私が克服すればよいだけのこと」
悪神と分離し、魂魄と化した始祖の選択は、英雄殿の助力を拒み、自らの手で悪神と化した自分自身を打ち倒すことだった。
その結果は……
「この空を見れば明らか、だな」
嵐は止まず。誰かが手を打たねばならない。
だが英雄と呼ばれた始祖の闇を払うことなど……
「できるかもしれません」
手を挙げたのは、セーリア様だった。
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ヴェリナード建国時代の歴史書は暴君バサグランデの時代に散逸し、現代には残っていない。
だが300年前に巫女として封印され、現世によみがえった彼女は建国時代の歴史を学んでいたのだ。
始祖リナーシェすら知らぬ歴史の真実が、彼女の闇を払う鍵になるかもしれない。
彼女はそう言って、一つの古びた箱を取り出した。名を、"潮騒の宝石箱"という。
「この箱も一度は失われていたのですが……探検家や冒険者の方々にお願いして探してもらったのです」
この箱を携え、再び悪神の心域へ。ただし箱から記録を取り出せるのはセーリア様のみ。英雄殿だけでなくセーリア様も同行することになる。
そしてオーディス王子がその護衛に志願。我々魔法戦士団も護衛として同行することになった。
「と、軽くまとめたがね」
アーベルク団長は肩をすくめた。
「オーディス王子の同行に関しては、かなり揉めたのだよ。王子の身の安全を、陛下がいたく気にされてな」
何しろ、次期国王が災禍の中枢に飛び込もうというのだ。女王陛下からすれば、母としても君主としても看過できる話ではない。
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王子は言う。王たるものが危険に身をさらさず、どうして臣を導くことが出来ようか、と。
女王はその勇を諫める。王たるものは最後まで生き延び、国を導く義務がある、と。
最終的にはメルー公の口添えもあり、同行が決定したのだが……
「さて、貴公はどちらの意見に賛成かね?」
アーベルク団長は私に問いかけた。デリケートな問題をあえて口に出せと言うのだ。まったく意地の悪い。私は苦笑しつつも慎重に言葉を選んで返答した。
「一般論としては陛下のお言葉こそが正論でしょう。ただ、セーリア様の同行が規定事項とあらば……少々話も変わるかと」
「興味深いな」
団長は先を促す。私は続けた。
「王子は次期国王となられる身。セーリア様は恐らく、その妃殿下に」
もし陛下のお言葉通り王子が自重した場合、妻となる女性が死地に赴くのを後ろで傍観していた男が次の王になるのだ。しかも女王制の廃止という大改革と共に。民は認めるだろうか?
「理屈の上では正しい判断でも……民衆は理性では動きません」
「むべなるかな。リスクは高くとも他に選択肢はない、というわけだな」
団長は得たりと笑みを浮かべ、頷いた。
この問答は、他の団員の聞いている前で行われた。つまり魔法戦士団はこの認識をもって任務に臨め、という無言の指令なのだ。団長はこういう手口をよく使う。私は出汁にされたわけだ。悪く思うな、と団長は目線で語る。私は苦笑を返すのみだった。
その後、王子やセーリア様の護衛として誰を出すかの会議となったが、先日まで任務を離れていた私は現状、どの指揮系統にも属さない浮いた駒で、こういう突発的な任務には都合が良かった。
他の数名と共に、私の名が読み上げられる。船の都合上、少数精鋭にならざるを得ない。責任は重大だ。
かくして、私の復帰後初任務は、王子らと共に悪神の心域に乗り込むという、実にハードなものとなったのである。