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それは、貧しさを絵にかいたような光景だった。
ヒビ割れた大地に茂るのは雑草ばかり。田畑に植えられた作物はどれも力なくしなびて、実らぬままに頭を垂れていた。
原始的な柵と土塁がささやかな領土を主張するのが、いっそ哀れですらある。
「これが始祖の記憶なのか……?」
オーディス王子が荒れ果てた大地を見渡す。掲げられた板には聞きなれない国名が記されていた。コルレーン、と。
「初めて見る名前ですが……コルットやレーナムの旧名でしょうか?」
私が首を傾げると、セーリア様が解説した。
「かつての歴史書によれば、コルレーン王国は600年ほど前に存在した国のようです。リナーシェ様は、その国の女王だったのですよ」
「ヴェリナードではなく?」
「この時代、ヴェリナードはまだ存在していなかったのです」
ヴェリナード建国以前の景色……歴史学者や王立調査団の連中がいたら大騒ぎしていたに違いない。
一方、ユーライザは物知り顔に首を振った。
「ここは英雄リナーシェの記憶の世界ですから、この景色も彼女が見た過去の幻影にすぎません」
空には混沌とした暗い渦がうごめき、陽光も月影さえも見当たらない。彼女の言葉は正しいだろう。
とはいえ、手に触れた砂の感触は、まがい物とは思えないほど緻密だった。
と、混沌の渦から下り立つ者がある。ユーライザが鋭く警告を発した。
「気を付けて! 悪神が尖兵をよこしたようです!」
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それは宙を泳ぐ古代魚のような魔物だった。石のような硬い鱗と剣のような牙。数はざっと30。かつてこの地に生息していた種か、あるいは憎悪の具現化か……確かめる暇もなく戦闘となった。
*
雷光一閃。ギガスラッシュの軌跡が魔魚の突撃を跳ね返す。私は残心の構えで周囲を見渡した。今のが最後の群れだったか?
魔法戦士団の面々も険しい表情のまま警戒を続ける。そして巫女姫を背中に庇い、剣を握った王子の息は荒かった。
「どうやら片付いたようですね」
ユーライザは落ち着き払った声で戦闘終了を宣言した。英雄殿とその仲間たちは息一つ乱さず得物を下ろした。魔法戦士団もそれに倣う。
王子はようやく呼吸を整え、頷いた。
「ああ、助かったよ。さすがは勇者の盟友だ」
そして自分の剣をじっと見つめる。
「僕もそれなりに鍛えたつもりだったんだが……」
王子は剣聖と呼ばれた伝説の魔法戦士、メルー公を父に持つ。最近では公から直接剣を学ぶようになり、その上達ぶりには目を見張るものがある。
だがそれはあくまで常人と比べての話。まして未知の魔物との戦いは、実戦経験がものをいう。
オーディス王子はセーリア様を守るので精一杯だった。魔法戦士団はそのフォローのため前に出られず、受け身の陣形を敷かざるを得ない。結局、ほとんどの敵を倒したのは勇者の盟友殿だった。
「……まだまだ遠いな……」
王子は肩を落とす。私は首を振った。あの方は例外です、と。それが慰めなのか、冷徹な事実に過ぎないのかはわからない。
「……わかっているつもりだが……」
王子は剣を握り締め、大きく息を吐き出した。
その間にも英雄たちは、前へ前へと足を動かしていた。