剣の雨が頭上を覆う。
英雄とその仲間たちが真っ先に矢面に立ち、刃の群れを相手取る。だが全てではない。溢れた憎悪が王子とセーリア様をめがけて、数限りなく襲い掛かった。
即座に我々魔法戦士団が間に立ちふさがり、守りの陣を敷く。無数の剣が交差した。
鈍く重い金属音。私の剣が刃の一つを振り払う。腕に痺れるような感覚。一つ一つが限りなく重い!
「ちぃっ!」
私は盾を前に突き出し、体重をかけて剣の雨を押し返す。刃は翻り、回転しながら次の攻め口を探す。さながら冷酷な狩人の群れだ。残忍にして怜悧。
その冷たい輝きに、私は見覚えがあった。やや小ぶりながら丁寧な宝飾が施された美しい剣。もしや……! 私は息を飲む。
この剣はヴィゴレーが妻を、始祖リナーシェを貫いた剣だ。この刃の一つ一つが、彼女の憎悪そのものなのだ。
刃が舞い、怨讐が躍る。風切り音が悲鳴のように響く。
「お前たちも味わえ! 私の苦しみを味わえ!」
そんな悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。
剣の一つが私の肩を掠める。私は顔を歪めた。憎悪の剣は私の精神そのものをえぐるように、歌姫の想念を私自身へと流し込む。
始祖の記憶が私の脳裏に、鮮明に浮かび上がった。ヴィゴレーの嘲笑。体を貫く刃……
それだけではない。続く刃が次々に、始祖の慟哭を投げかける。
コルレーン宮殿、城下町、民の前で、臣下の前で、妹の前で。女王を演じ続けた。完璧を演じ続けた。孤独と苦悩。重圧。その全てが……
「報われなかった!」
血の涙に濡れた瞳が狂乱の刃を振りまく。
「どうして、私だけが!」
憎い、憎い、苦しい、苦しい……。金髪を振り乱すその姿は、もはや偉大なる歌姫でも、完璧なる女王でもない。
誰もいない部屋での片隅で人知れずうずくまり、声を押し殺して泣いた少女の叫び……
私の胸元に潜り込むように、黒く透明な刃が忍び寄る。その刃に己を重ね、身を委ねてしまいたいという衝動が一瞬、私を包んだ。
「えぇい!」
私は己を奮い立て、迫りくる刃を強引に叩き落とした。体重を乗せ、力任せに叩っ切る。鈍い手ごたえ。瞬間、崩れ落ちる凶刃が、怯えるように震えた。
情景が揺れる。
憎い。苦しい。
怖い……。
景色が弾けた。
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悪神の攻勢は一瞬、おさまった。私は背後を確認する。セーリア様は無傷。王子はかすり傷を負ったが大したことはない。二人を守り続けた魔法戦士団は疲労が濃いが、まだ戦える。
ここで前に出るか、それとも一旦退いて態勢を整えるか。
英雄は迷わず前進を選んだ。反射的に追いすがろうとする我々を、ユーライザは片手で制した。
「これ以上は危険です。ここから先は、あの方にお任せを」
英雄の進む先、悪神の足元でより色濃く、瘴気が密集するのが見えた。
この先は英雄の領域。彼女が無造作に上げた片手は、あちらとこちらを分けるラインだった。
セーリア様は首を振り、両手に抱えた小箱を小さく掲げる。
「あの方の力があれば、正面からでも悪神を倒せるでしょう。しかし……リナーシェ様の闇を晴らすためには、これが必要なのです」
ユーライザは一瞬迷ったようだった。魔法戦士団は不動の構え。私はオーディス王子の背後に跪き、屹とその顔を見上げた。
「殿下。ご決断を」
王子は返答の代わりにそっと巫女姫の隣に並び、呟いた。足元には無数の剣。始祖の瞳から零れ落ちた苦悩と憎悪の残滓である。彼はそれを一つ拾い上げた。脆く、鋭い。
「リナーシェ様は、決して完璧な人ではなかった」
掌の中で砕けていく刃が、赤い涙を流す。
「それでも歯を食いしばって、完璧な王を演じ続けた。偉大さとは、偉大であろうとする行為そのものだ」
そして青年は闇を見据え、一歩踏み出した。
「セーリア。彼女を救えるだろうか」
「必ず」
巫女姫は即答した。王子は頷くと、力強く号令をかける。
「魔法戦士団、前へ!」
迷いはない。我々はユーライザの引いたラインを超え、戦場へと踏み出した。