再び剣の嵐が我々を襲う。先ほどよりも強く、激しい。
この嵐を静め、セーリア様を始祖の元へ導くこと。それが我々の勝利条件である。
容易いことではない。だが英雄たちは少しずつ前に進んでいる。我々も歯を食いしばる時だ。
「何しろそれが仕事だからな」
団員の誰かが強気な笑みを浮かべた。それが伝播する。視界の端に、ユーライザ。私も笑みを浮かべ、剣を強く握った。
地を這う者の意地がある。英雄以外は役立たずなどと、言わせるものか。我々は嵐へと飛び込んだ。
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剣の雨を薙ぎ払う。一歩踏み込むごとに、闇の本質へと一歩近づく。怒り。憎悪。苦悩。嘆き。肩を震わせ、人知れず泣く少女の姿にも。
近づけまいと、刃が襲う。一歩踏み込めば倍に、さらに踏み込めば十倍に。
王子も奮闘した。セーリア様と自分自身を襲う怒りの剣を一心不乱に薙ぎ払う。
だが一人ではとても対処できない。死角より刃が襲う。
「魔法戦士団!」
彼は迷わず部下を頼った。
私は素早く後退して王子の後ろに回り込み、襲い来る剣を叩き落とす。
だが一人後方に回ったことで前線は手薄になる。じりじりと押し返される。王子は小声で私に囁いた。
「反撃の手はあるか」
「手筈さえ整えば」
私は団員の様子を窺った。魔法戦士にはいくつかの切り札がある。だがまだ、"整った"気配は無い。
「ならばそれまで死守せよ!」
王子は、何の手筈なのか、などとは聞かなかった。
窮地に追い込まれたからか、それともこれまでのやりとりで吹っ切れたのか。今までのように細部まで深入りしようとはしない。
信頼できる部下に策があるならば任す。王はただ堂々と号令をかけ、全ての責任を請け負えばよい。
魔法戦士団はよく守った。全員が戦術を理解していた。誰か一人でも"あの技"の準備が整ったなら、その時が反撃の時だ。それを理解しているからこそ、防戦一方の戦いにも絶望はない。
団員の一人が飛剣を弾きそこね、肩口に傷を負う。苦痛に顔を歪めながらも、彼はカッと目を見開いた。
「来た! 下がるぞ!」
彼は宣言した。それが負傷のためではないことは私にもわかった。
「よし、私が請け負う!」
私は下がった団員と入れ替わって前線を埋める。すれ違う瞬間、彼が笑みを浮かべるのを見て私は確信した。
"手筈"が整ったのだ。
下がった団員が大きく息を吸い込む。
彼は飛来する刃に備えるのをやめ、片手を無防備に前方に突き出した。その周囲に光り輝く魔法円が描きだされる。
魔法戦士の切り札の一つ、マジックルーレット。描き出された魔法陣から魔法力があふれ出し、しばらくの間、周囲で戦う仲間と自分自身の魔法力を回復し続ける。
自身の理力と魔力、肉体のリズムが一致した時にだけ使うことができる、偶発性の高い技だがその回復力は折り紙付きだ。
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「行くぞ!」
掛け声と共に光が広がる。閃光に晒された私の体から、際限なく力が湧き上がってくるのを感じる。
そしてここからが策だった。
「王子、セーリア様、衝撃に備えてください!」
魔法戦士たちは一斉に呪文を唱え始めた。体が静かに浮かび上がり、光に包まれる。
隙を逃すまいと飛剣の嵐が襲い掛かる。その一瞬前に詠唱は完成した。全身に秘めた魔法力を一気に放出する大技。
その呪文の名を、マダンテと呼ぶ。
収束、解放、そして……
爆光!
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一つ、二つ、三つ……次々と爆発する光が嵐をかき消し、剣の雨を弾き飛ばす。さしも悪神が息をのみ、英雄殿でさえ、少し驚いた顔をするのが見えた。
これは魔法戦士が複数人で戦う時にだけ使える連携技だ。一人がマジックルーレットで魔法力を供給し、他の者がマダンテでそれを火力に変える。使い果たした魔法力も、ルーレットが再び補給する。魔法戦士の数だけ、鮮烈な爆光が次々に広がっていくのだ。
憎悪の剣は一つ残らず地に落ちた。悪神は苛立ち、更なる剣を生み出そうと両手を天に掲げる。が、英雄殿とその仲間たちがそれを許さなかった。一気に接近し、動きを封じる。
ひとたび距離を詰めれば、彼らにかなうものなど地上に存在しなかった。
悪神が膝をつく。そして……
「さあ、セーリア」
王子が巫女姫の手を引き、始祖の元へと駆け付ける。
「リナーシェ様、どうかお聞きください。」
セーリア様は"潮騒の宝石箱"を掲げた。身動きの取れない始祖はその箱が開くのを、ただ見ていることしかできなかった。
箱は語りだす。
それは知られざる歴史を記録した音声。
そして、彼女の良く知る声だった。
「アリア……」
始祖リナーシェが息をのむ。
アリア姫は、語り始めた。