
ドワチャッカ大陸中央部、カルサドラ火山を見上げる岳都ガタラに職人の金づちと荷馬車の車輪の音が響く。
空は晴れ、火山の頂上にそびえる三闘士像もかすかにそのシルエットを覗かせる。ドワチャッカの平穏な日常だ。
その日常の光景を、感慨深げに見上げるのは盗賊ギルドのまとめ役、ダルルである。
彼女は小さく呟いた。ようやく戻ってきた、と。

悪神の下天はこのドワチャッカ大陸にも大きな影響を及ぼした。空は黒煙に包まれ、火山は大地の血潮をふつふつと燃え滾らせた。大噴火となれば麓に位置するガタラは壊滅を免れない。
岳都は騒然となり、ダルルは混乱の収拾に奔走する羽目になった。
ガタラは無政府都市である。いくつか存在する盗賊ギルドは自警団的な側面を持ち、彼女はその顔役の一人だった。住民の統率、避難経路の確保……ギルドの果たした役割は、ウェナにおける魔法戦士団のそれに近い。
「お疲れ様だったな」
「お互いにね」
盗賊はニヤリと笑った。魔法戦士は、軽く肩をすくめた。
*
私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士団の一員である。
ウェナにおける悪神騒動の後始末もひと段落つき、私はこのガタラへと派遣されていた。
目的は二つ。ドワチャッカにおける悪神騒動の実情把握と、この地に展開した防衛軍の設備補強である。
到着するや、私はいの一番にダルルに接触した。情報を得るならば各地にネットワークを広げた盗賊たちの手を借りるのが一番だし、市街が戦場となることを考慮すれば、防衛軍の展開にあたって彼らの協力は必要不可欠だったからだ。
幸い、私は彼女と面識があった。私が派遣された理由の一つである。
「それで、例の情報は確かなのか?」
「かなりね」
盗賊は頷いた。魔物の軍団が近々、ガタラを標的として大掛かりな行動を開始する、という噂だ。
「構成は?」
「植物系だね。前みたいに空飛ぶ相手は多くなさそうだけど、地面から生えてくるかもしれない」
「厄介だな……」
私は腕を組んだ。
アストルティア防衛軍は、各地を襲う魔物の軍団に対抗して、ヴェリナードの魔法戦士団を中心として組織された国際規模の軍団である。といっても人手は常に不足しており、現地の自警団や冒険者の手を借りているのが実情だ。
我々は駐屯中の隊員を交えて意見を交わし、何度か修正しながら設備と人員の配置、有事における各機関の役割の見直し、そして住民の避難経路と警備体制の再検討を行った。連合組織において、こうした調整を疎かにすると必ず混乱を招く。戦うだけが魔法戦士の任務ではないのだ。
設備の移動と補強のための工事が始まると、ガタラに響く金づちの音が二倍になる。騒音問題の調整は、ダルルに任せよう。
「もきゃーーーッ! まったく!」
と、工事の音に喚き声をあげる男が一人。地形上、防衛の中心地点となる巨大な廃屋……もとい家屋、通常"ガタクタ城"の主、ダストン氏である。
「こんな役に立ちそうな道具をあちこちに並べて! わしは本当に迷惑ですよ!」
小柄なドワーフが飛びあがって地団駄を踏む。ガラクタをこよなく愛する彼の奇妙なこだわりと、そこから生まれた数々のクレームについてはこの際、省こう。
彼には別件で尋ねたいことがあった。私は防衛軍絡みの会議がひと段落したところで彼に声をかけた。
「先日の悪神騒動では、ご息女も相当な"お手柄"だったそうですね」
「て、て、手柄!?」
彼は飛び上がった。
「そ、そんな優秀なヤツのことなんか、口にしねえでくだせえ!!」

ジンマシンが出る、と言って彼は部屋の隅に逃げ出してしまった。埃が天井から降り注ぎ、私は帽子ごしに頭をかく。どうも、私はこの男の扱いが上手くない。
彼の娘、チリは複雑な出自を持つ女性で、王家の血を引いているとの噂もある。今は研究員としてドルワームに仕えているが盗賊たちとの付き合いもあり、義賊めいた活動もおこなっているとか……。
そんなチリ女史はドワチャッカの英雄、伝説の三闘士が悪神と化して下天した際に勇者の盟友殿と行動を共にし、大きな働きをしたとのことだ。
そのあたりの話を詳しく聞きたかったのだが……ダストン氏はヘソを曲げてしまった。
仕方なく私はダルルに水を向けた。彼女はあきれ顔になりながら、あくまで伝聞だが、と前置きしてチリの活躍について語り始めた。