私の名はミラージュ。ヴェリナードに仕える魔法戦士である。
ひょんなことから天使の都フォーリオンと繋がりを持ち、この地で守備任務に就くこととなったのがひと月ほど前のことだ。猫の手も借りたいようなのでニャルベルトも連れてきた。
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状況は想像よりもずっと悪化していた。
悪神化した英雄アシュレイとレオーネは既に何度かの襲撃を決行し、試練場の制御装置二基を破壊。
これを補うため天使長ミトラーは最重要拠点"とこしえの神殿"を覆う結界をあえて解除し、そのエネルギーを試練場に回すことを決定。
神殿は天使兵の中でも選りすぐりの精兵が守護に当たり、守りの薄くなった神都を補うべく、私をはじめとした地上の冒険者を雇い始めた、というわけだ。
天使たちはこれまで、物理的にも精神的にも地上人とは距離を取り続けてきた。自らの存在すら秘匿し、地上を影から観察する傍観者を気取り続けてきた。
そんな彼らが地上人の手を借りる。
どうやら天と地の距離は縮まりつつあるらしい。
それが良いことなのかどうか。
私は戦場と化したフォーリオン外郭に目をやった。天使と冒険者の混成部隊は今日までに三度、敵の襲撃を退けている。
四度目もどうやらじきに片付きそうである。
*
三頭の竜が巨体を揺らし神都の門に迫る。地響きが空を貫く。浮島全体に振動が走ろうかという迫力だった。
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天からの光弾が降り注ぐ。天使兵の狙撃だ。竜は一瞬たじろぐが、数が少なく、抑えこむには至らない。ドラゴンはかえって激昂し、突進を再開する。門を守る、我々の眼前へと!
「ここまでは想定通りだ。ぬかるなよ」
私が号令をかけるまでもなく、屈強な戦士たちが竜の突撃を迎え撃った。戦士とパラディンが肉体を盾として道をふさぎ、剣の壁で前進を阻む。門との距離は、余裕を持たせてある。肉弾戦が始まる。
私ものんびり観戦というわけにはいかない。理力を操り、戦士たちの剣に雷光の力を纏わせる。理力を帯びた剣が弾けるような閃光と共に竜鱗を切り裂いた。
背後からはニャルベルトが魔法使いと共に火球を投げかけ、竜の角を焼き砕く。
「天使兵!」
私は空に声を走らせた。脚の止まったドラゴンたちに、再び光弾の雨が降る。天と地からの波状攻撃に竜はうめき声を上げ、辛うじて牙をむいたアギトに戦士の剣が容赦なく叩きつけられた。
剣の壁が竜を押し返し始めた。とどめとばかりに私は理力を集結し、最も巨大な竜へと打ち込む。フォースブレイク! 七色の閃光が竜鱗に吸い込まれると、渦を巻くように理力が乱れていく。そこに戦士が刃を突き立てる。
剣に宿った稲妻が過剰反応を起こし、爆発! それが致命傷となった。白い闇が一瞬、天を貫く。耳をつんざく轟音。
ドラゴンの巨体が崩れ落ち、天空に地響きが鳴りわたる。ややあって、残り二頭も地に伏した。断末魔。
「これで最後だな」
頭上から声が聞こえた。見上げると天使兵が武器を下ろし胸をなでおろしていた。
「とは限らんぞ」
私は警戒を怠らないよう忠告したが、杞憂だった。敵はそれ以上仕掛けようとせず、あっさりと退却していった。
天空の風が戦場の匂いを押し流す。血と煙、鉄の匂いが天の門から遠ざかっていった。天使が安堵の息を漏らす。
「危うげない迎撃だな」
確かにその通り。順調だ。
……私には、それが気に入らなかった。