「どう見ても本腰ではない」
という私の意見に、冒険者たちは一斉に頷いた。天使は戸惑う顔を見せる。
「敵の動きに粘りがなさすぎる。陽動だな」
オーガの魔法使いが重々しく言った。天使たちはようやく合点がいったようだ。空気が張り詰める。
神都フォーリオン、冒険者たちに開放された中層の一角で、我々は敵の動きを分析していた。戦務室の天使たちも一緒だ。

本命はやはり神殿か、それとも別の試練場の制御装置か。はたまたそう見せかけて神都を狙ってくるのか。
「防衛戦そのものは順調だが……動きが読めない以上、受け身の戦いにならざるを得ないのは、面白くないな」
戦いは一戦で終わりではないのだ。戦士たちは私の言葉に頷き、眉間にしわを寄せた。
もっとも……
その皺が彼らの額を占拠していられるのは、わずかな時間だった。
鼻孔をくすぐる香ばしい香り。かすかに混ざったアルコール臭。そして皿の上からは、油のはじける快音が響く。真一文字に結んだ口元が次第にほどけていった。
「まぁまぁ、取りあえずは乾杯から始めましょ~!」
エルフのリルリラが厨房から料理を運んできた。宿屋協会の面々も一緒だ。歓声が上がる。

ここはフォーリオン中層に協会員が築き上げた前線基地。その名をルイーダの酒場という。
冒険者が情報交換するのに最もふさわしい場所だ。
「だからといって作戦会議を酒場でやるとはね……」
天使兵の呆れ顔に、エルフが果実酒とツマミを差し出した。天使は、黙った。
作戦会議は半ば宴会騒ぎとなった。さすがにアルコールは一杯までと取り決めてあるが、どこまで信じたものか。
冒険者とは総じて自由で、野放図で、祭り好きな生き物である。彼らを率いるなら、規則規律で雁字搦めにするのは利口なやり方とは言えない。これくらい野放しにしておいた方がかえって役に立つ。嘘だと思うならヴェリナードに来ればいい。防衛軍の本部は、どう見ても酒場だ。
「しかし、壮観だな」
と、私は呟いた。
酒場に集まった冒険者はざっと20名。見張りや所用で席を外している者を合わせれば、30を超える。都市の防衛戦力としては決して多くないが、神都に滞在する地上人の数としては間違いなく過去最多だろう。私が以前、滞在を許可された時は、例外中の例外という扱いだったのだが。
「ずいぶん変わったものだ」
「そりゃあな」
ドワーフの道具使いが揚げ物を指でつまんだ。
「俺なんて連日パニガルムに潜ってたけど、あそこ、地上人だらけだったぜ」
「レクスルクスの禊もそうでしたね」
エルフの剣士が器用にハシを操り、野菜を口元に運ぶ。いずれも天星郷の奥地、魔物や危険な咎人達が潜む危険地帯である。
天使たちはそれらの地を探索する戦力として、ひそかに地上の戦力を欲していた。宿屋協会がそれを聞きつけ、人材を斡旋した。彼らはよく働いた。天使はこれを喜び、同じルートからさらなる人材を求めた。表向きは秘密裏に。実情は大々的に。
今や天界において、地上人は珍しい存在ではなくなっていたのだ。

天使兵のハルルートが弁解するように言った。
「一応、それらの探索は英雄達に依頼されたもので……冒険者はあくまで補佐、ということになってるぞ」
「へえ、英雄って12人もいたっけなあ」
ドワーフが皮肉る。パニガルム最奥部の探索は12人一組が原則だ。ハルルートが頭をかく。建前はあくまで建前。天使も我々もそのあたりは変わらない。
「どうせなら天使様も探索に加わればよかったのでは?」
口元に扇を揺らめかせながら、意味ありげな笑みを浮かべたのはプクリポ族の術師である。
「何しろ、今回の防衛戦が初の共闘ですからなあ。ワタクシ、ちょっぴり連携不足を感じますよ」
「それは同感だな」
オーガの魔導士も髭をしごきながら頷いた。天使はばつの悪そうな顔を酒で隠した。
「連携については、指揮官殿に一任している」
私のほうに水を向ける。私は顔をしかめた。
まったく、厄介な肩書きを名乗らされたものだ。